「綾音、酒は」
「明日早いから止めておけ、高杉。綾音、このカレーはんまい、んまいぞ」
「水ー」


久しぶりの賑やかな食卓。3人の皿はあっという間に空になり(高杉の皿に福神漬けだけ残っていたことは知らない振りをしてあげよう)、彼らはぐでりと横になっている。余程疲れているのだろう、既に眠そうだ。本能のままに生きてるなあ、とすこし苦笑する。でもきっと、戦場では何よりその本能がものを言うのだろう。わたしの知らない世界では。


「ほら、寝るならちゃんと布団で寝て。向こうの部屋に布団出してるから」
「うむ・・・世話になる・・・」
「・・・・・・・・・」
「オイ銀時ふざけんなテメーで歩、け・・・」


よたよたと布団にもぐりこんでいった三人を確認し、片付けと明日の準備に取り掛かる。
完全には汚れの取れなかった彼らの装束は、朝には乾いているだろうか。ところどころほつれたところを縫いながら、そんなことを考える。手の届かないところ、想像の及ばないところに赴く彼らにできることなど、殆どない。無力だなあ、と乾いた笑いが漏れた。


三人が、無事この戦争を切り抜けられますように。
できるだけ、苦しい思いをすることがありませんように。
拙い願いを込めて、ゆっくりゆっくり縫い合わせていく。静寂に包まれた部屋で、時計の秒針だけが無情に時をすすめていた。












すう、と意識が浮上する。ここはどこだろう、と暫く記憶をなぞり、綾音の住まいだと思い当たる。ひどく喉が渇いていた。慣れてしまった悪夢の後味の悪さに舌打ちをして、微かな光を頼りに襖を開けた。食卓で綾音が舟を漕いでいて、すこし笑う。


(間抜け面、)


おちてきた髪の一束を、そっと耳にかけてやる。ぴくりとも動かない。唇に指をあてて、触れる吐息にほう、と息を吐く。死んでいるのではないか、と一瞬過った考えに一人、苦笑した。


(ったく、あぶねーな、)


手元にあった針をそっと食卓にのせる。綺麗に縫い直されたほつれ。明日にはこれを着て、またあの埃っぽい地獄に戻るのだと思うと、鉛を飲んだように心が重い。
自分の選択を、間違いだったとは思わない。戦に出るときめたこと。綾音と別れたこと。待つな、と告げたこと。
ただ、もうこれきり会えない可能性が高いことを思うと、遣り場のない焦燥感とやるせなさに心臓を握り潰される思いがする。


「なあ、俺、お前に此処で会いたくなかったよ」


こんなふうに、迷いたくなかった。自分の選択に間違いなどないと、思いこんだままが良かった。
此処で再会した彼女は、全てを受け入れて、きちんと自立しているように見えた。自分だけが、あの夏の日から変わっていないようで。
どうしようもない、ぽかりとあいた空洞をどうすればいいのか、銀時は未だに答えを出せずにいる。


「・・・おやすみ」


のそのそと布団にもぐる。すっかり冷えてしまったそれは、暫く微睡みに引き込む気はないらしい。がたがたと頼りなく鳴いている硝子戸の外では、雪がつめたく踊っていた。


どうか僕を想ってないてくれ

空白が僕をのみこむ前に


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