「ここに疎開していたのか、綾音」
「うん。ごめん、急に決まったことだったから、何も言わないで」
「構やしねェよ、この御時世だ。そこの天パは何やら気にしてたみてェだがなァ」
「高杉!テメー余計なこと言うんじゃねェよ!」


結局綾音は3人を家に入れ、茶を出していた。だだっ広い家は、たった3人増えただけでこんなにも賑やかだ。風呂を沸かそうと思い立ち、席を立つ。庭に咲く寒椿が、いつもより鮮やかに見えた。


(・・・きっと明日には出て行っちゃうんだろうけど、)


それでも。
無事がわかったならそれだけでいい。・・・そう思わなければ、やってられない。


(どこまで我儘なんだろう、)


ぶつりと関係を断ち切ったのは自分であるのに。しかもそれは誰のためでもない、待つことの苦しみに怯えた自分自身を守るために。「もう行かないで」と旧友に言う資格すら、持ち合わせていないのだ。
ならば、せめて。
ゆっくり休んで、出発できるように。
その思いが彼らを思って出たものなのか、自分のためのものなのか、綾音にはわからなくなっていた。














「夜ご飯、カレーでいい?今から材料買ってくるから」


「食えりゃ何でもいい」


「そうだな。銀時、じゃんけんで負けたんだからお前が綾音の買いものについて行ってやれ」


「めんどくせえな・・・」


「あ、いいよ私、一人で」


「っ、さっさと終わらせんぞコノヤロー」


「・・・うん」


ぐるぐると巻いたマフラーに顔をうずめ、無言で歩く。合わせてくれる歩幅は、以前と変わらない。繋がれることのない手は、ぶらりぶらりと揺れる。


「明日、行くんだよね」


「おー」


そこで、会話はぶつりと途切れた。普通長く離れていれば積もる話があるというものだが、生憎二人とも、聞いておもしろい話など何もない。二人黙々と雪を踏む。


「あら、今日はいい人と一緒かえ?」


八百屋のおばあさんは、いつもと変わらぬ笑顔を見せる。「いい人」。その言葉が、胸に痛い。


「いえ、只の幼馴染みです」
「そうだよばあちゃん、俺みたいな良い男がこいつのな訳ねーだろ?」
「五月蝿い銀時。おばあちゃん、お金いい?」
「はい、はいはい。お釣り、合ってるか確認しておくれよ。ぼけて間違えてたら困るからねえ」

いつもの台詞に、いつものぴったりの釣り銭。ありがとう、と礼を言って店を出ようとした時にふと思い立ち、くるりと振り返る。


「おばあちゃん、あの、男物の着流しとかない?3着、くらい」


「はて、ねえ。あったと思うけれど・・・少し待っておくれ」


おばあさんはすうと店の奥に消え(奥というか家だ。以前一度だけ上がらせてもらった時、そこは清潔で老人の家特有の微かな線香の香りがした)、数分後に大きな包みを抱えて戻ってきた。渋い色合いの布がちらりと覗いている。


「はい、はい。寒いから綿入れも入れておきましたよ」
「図々しいこと言ってごめんね。洗って返しに来ます」
「あら、そのままもらっておくれ。先に向こうに行っちまった夫のものだからねえ、ちゃんと誰かに着てもらった方が喜ぶだろうよ」
「・・・ありがとう」



ぺこりと頭を下げ、もと来た道を引き返す。実家から送られてきた蜜柑を、明日にでもお礼に届けに行こう。気温は変わらないのに、僅かにほこりとあたたかい。



「ありがとな」
「何が?」
「着るもん」
「ああ、別に。今着てるの洗濯するから、帰ったらすぐ着替えてね」
「おー。助かる」


買い物袋の分だけ、二人の間に距離ができる。隣にいることは感じることができる、けれど直接のぬくもりのない距離。
ああ、私とこの人は別れたのだったと、以前からわかっていた筈の事実をぼんやりと思った。



ほのあたたかい距離

(数十cmはやけに遠かった)




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