「暑ィ」
「だから暑いって言ったじゃん。ていうか何回も言わないで面倒くさい」
「だァってさー、んな暑いと思わなかったんだよ」
「わかったから、早く行こ。アイス溶ける」
「どんだけアイス大事!?」


コンビニから歩いて10分程、やっといつも遊びに来ている川原に辿り着き、足を投げ出して芝生に座りこんだ。隣に銀時が座る。すこし暑苦しい。


「ねー、アイスー」
「へーへー」


量が多く安価なカップアイスは、つめたさを残して溶けていく。
今度はバニラじゃなくてチョコレート味のアイスがいいなあ、なんてどうでもいいことを考えた。


「なー、綾音」
「ん?」
「俺がもし戦争行くっつったら、テメーどうする」


吃驚して隣を見ても、その表情からは何も読み取れない。
ぼんやりとした瞳に、光る水面が映っていた。


「・・・行くの、戦争」
「わかんね」


まァいーや、今の無し、とか何とか言って、銀時は無理矢理その話を終わらせた。
沈黙がおちる。
きらきらと輝く水面の下を、ちいさな魚が何匹かくぐり抜けていった。


「あ、魚」
「魚?」
「うん、泳いでった」
「へー、俺も泳ぎてーなァ」
「ね。気持ち良さそう。泳ぐ?」
「・・・やめとくわ」
「はは、銀時にしては賢明な判断ね」
「銀さんはいつも賢明ですうー」


ふらりと立ち上がり、けーるか、と手を差し出してくれるその表情は逆光で見えない。
ただそれだけのことが妙に悲しくて、あたたかな手をぎうと握った。














RRRR...RRRR...
黒電話が呼んでいる。出なければいけないと頭ではわかっているけれど、綾音はどうにもこの黒電話が苦手だった。居間の隅に鎮座している黒々としたそれは、嫌な知らせしか運んでこない気がする。


「・・・はい」
『おー、やっと出た』
「銀時?どうしたの」
『俺、戦争行くわ』


ほうら、やっぱり。
「ちょっとコンビニまで」とか何とか言うのと同じ軽さで口にされたそれは、重く重く綾音を押し潰す。
唇が震えて、言葉など出なかった。
出せなかった。


「・・・そ、う」
『おお。明後日、出発』
「・・・・・・早いんだね」
『何、イケメンで素敵な彼氏の銀さんが遠くに行っちゃって寂しいってか?』
「全然」
『即答!?』
「・・・私、待たないからね」


すこし、空白が混ざる。
わァってるよ、と銀時のひどくやさしい言葉が痛かった。


『んな酷なことさせようと思ってねーよ。・・・さっさと幸せになれや』
「ん。・・・ねえ、」
『あ?』
「・・・私、ね。その、銀時といれて、幸せだったよ」
『・・・俺も』


なんでこの人は、今に限ってこんなにやさしい声を出すの。
なんで一方的な我儘も、あっさりと許してくれるの。
これじゃあ、まるで、死にに行くみたいじゃないか。


「っ、ねえ、銀時、」
「しなないで、」


それは、笑ってしまう程あさはかでちっぽけな願いだとわかっていた。
何の気休めにもならないということも。
わかっていたのに口に出すというのは、自分の弱さを露呈してしまうことと同義である。


『死なねーよ。銀さん強ェのよ?』
「・・・ん」


再び、沈黙。
きっと、次の言葉が最後だろうと思った。
理由はない。直感。

「ね、私銀時のことだいすきだったよ」
『あんがと。俺も』
「知ってた。・・・おやすみ」
『おー、おやすみ。良い夢見ろよ』
「銀時もね」


がちゃり、受話器を置くと同時に崩れ落ちた。
喉が痙攣する。両の目から、馬鹿のようにぼたりぼたりと雫が垂れて膝をあっという間に濡らしていく。きっと今、私史上最高にひどい顔をしているのだろう。


「銀、時っ・・・!」


未だひくひくして上手く声の出ない喉で必死に呼んだのは、遠くに行ってしまう人の名前で。
赤子のようにただ一人を呼ぶ中、ぼんやりとここを出てゆこう、と思った。



かみさまのいない夜


きっと全てだったのだ


← →