「あっつい・・・」


気が変になるような暑さと夏特有のねっとりと熱気を孕んだ空気に、綾音はその日何度目かの悪態を吐いた。
「俺はすげーんだぞ」とばかりに頭上でぎらついている太陽が恨めしい。
今頃畳の上でだれているであろう奴の家に着いたら、扇風機の前を占領して冷蔵庫の中に買い溜めているであろうアイスを全部食べてやろう。
そうしよう。
そんなことを考えていると、前方に見慣れた姿がふたつ、こちらに向かって来るのが見えた。


「小太郎、晋助」
「よォ」
「おお、綾音。昨日振りだな、銀時の所か」
「うん。二人は?」
「さっきまでいた」
「ふうん、それじゃあね」
「愛想ねーな、もう行くのかよ」
「あんまり遅くなったら銀時が五月蝿いから。それに、暑いし」
「ああ、そりゃァ道理だ。じゃあな」
「またね」


あれ。
今、一瞬だけ、晋助が苦しそうな表情をみせた気がしたけれど。
気のせいかな。
直ぐに身を翻して歩いていってしまったその背中からは、何も読みとれない。
諦めて意識を此方に戻すと、桂が難しい顔をして未だ隣に立っていた。


「小太郎?どうしたの?」
「・・・・・・、あ、いや何でもない。少し考え事を、な」
「暑さにやられてこれ以上頭やられないでよ」
「これ以上とは何だ、綾音。俺はいたって正常だ」
「はいはい。ほら、早く行きなよ。晋助に怒られるよ」
「ああ。・・・綾音、」
「何?」
「・・・・・・すまない」


いつもの謝罪ではなく、蚊のなく様な声で言うものだから、危うく聞き逃すところだった。
なにそれ、どうしたのと問う前に、桂は足早に去っていってしまう。


(・・・二人とも、変なの)


この暑さにやられたのだろうかと首を傾げながら、綾音は銀時の家へと急いだ。
涼しさなど欠片もない、ただ熱いだけの空気が頬を撫でていく。













「よォ、外暑かった?」
「この汗が見えないの?猫の目玉と取り替えてあげようか?」
「えらく不機嫌モードだなオイ!」


ソファに寝転がってだらりとジャンプを読んでいる銀時を無視して、綾音は冷蔵庫から銀時のアイスを取り出した(ちなみにガジガジ君だ)。
しゃくりとかじるとつめたさが身体に染み込んでいく。


「ああああそれ銀さんのアイス!」
「そうだね」
「そうだねって!なんでそれをお前当然のように食ってんの!?」
「いいじゃん別に。私と銀時の仲じゃない」
「うんそれ使えば何でも許されると思ったら大間違いだからね?」
「そうなの?」
「うっ・・・・・・あー、もういいわ、許す!」
「まあ最初から許可なんて必要としてないけどね」
「なあ、後でコンビニ行こうぜ」
「うん、行く。アイス奢ってね」
「おー」


あれ、今日は羽振りがいいな。
いつもなら「は?馬っ鹿言ってんじゃねーよ。銀さんにそんな余裕ありませーん」ってあの憎たらしい口調で言われるのに。
まあ奢ってもらう訳だから余計なことは言うまいと、綾音はしゃくりともう一口アイスをかじった。
すると、突然その棒が奪われる。


「あっ」
「ん、美味ェ」
「ちょっ、私のアイス」
「うおっ!綾音、これ当たり!」
「ほんと!?」
「おー。コンビニで換えてくっか」

「じゃあそれ銀時のアイスね」
「どんだけ俺に奢らせたいの!?・・・あ、アイスついてる」
「ん」


面倒だったので舌で舐め取った瞬間、唇を塞がれた。
いきなりすぎると抗議の視線を向けると、「なんかエロかったから」と単純な答え。
まあこういう夏の日も悪くないと、キスの息継ぎの合間にぼんやりと、思った。


ソーダ色の夏に溶けゆく思考


なんか、憶えておかなきゃいけない違和感が、あったような、なかったような


← →