「あァ、アンタの計画、無謀ですぜ」


よく味もわからないままナポリタンを食べ終えた綾音に、少年はさらりと言葉を投げた。


「えっ」
「最近、新しい遊園地ができたんでィ。なんでも天人が金出してるとかで、相当デケェやつ。それ目当ての家族連れやらカップルやらで宿はほぼ埋まってまさァ」
「そ、そんな」
「それに、運良く宿が見つかったって、人間も天人も溢れかえってるここで適当な家探すなんて至難の業でさァ。家賃は高ェし、手頃な物件は空いたと思ったらすぐ売れる。いつまでも宿で暮らせるほどの金も無ェんだろィ」


つまり、アンタがこれから江戸で生きていける確率は、今んとこほぼ0ってことでさ。
淡々と紡がれる言葉に、視線はずるずると下がる。膝の上で握られた手は、力みすぎてしろくなっていた。
江戸に来れば、なんとかなると思っていた。家を見つけることも、仕事に就くことも、そう難しいことではないと思っていた。いい大人のわたしは、この少年の言う通りに、ただのとろくさい甘ちゃんだったのだ。


「まァ、俺なら、その確率100にしてあげれやすけど」


勢いよく顔を上げると、少年はにたりとどこか幼さの残る顔には似合わない笑みを浮かべた。ストローでジュースの氷をからからと鳴らしている。なんでも、しやすか?という問いに綾音がこくりと頷くと、少年はその笑みを一層深くした。


「アンタ、真選組の女中になりなせェ」
「ハァァァァァ!?」


声を上げたのは土方である。綾音は言葉の意味をうまくのみこむことができず、目を瞬いた。女中、はわかるけれど、シンセングミって、なんだろう。旅籠の名前か何かだろうか。風変わりな名前である。


「総悟!何勝手に決めてんだコラ!」
「まあまあ落ち着いてくだせェ土方さん。こいつのお陰で麻薬犯しょっぴけたんでさァ、こいつが困ってたら今度は俺たちが助ける番でしょう」
「だからって隊全体に関わる人事はテメェ一人で決めていいことじゃねェだろうが!」
「じゃあ、こいつこのまま放っとけっていうんですかィ。人事権持ってる土方さん」


うっ、と土方が言葉に詰まった。ゆらゆらと視線が宙を彷徨っている。決断に迷っているのだと、綾音でもわかった。無下に見捨てるわけにもいかないけれど、少年の提案を受け入れるのはすこし都合が悪い。出会ったばかりの(昼食をともにしたから出会ったばかり、とは言えないかもしれないが)素性の知れない女を放っておいたって、誰も咎めはしないだろうに。やさしいひとなんだろうな、と思う。
土方は暫く逡巡して、大きな大きな溜息をついた。半ば睨みつけるように少年を見据える。


「…近藤さんに事情を話して、決定してもらう。異論はねェな、総悟」
「土方さんが話のわかるひとで安心しやした」


少年は綾音に「良かったですねィ、俺のお陰で命が繋がって」とまるで邪気の無い笑顔をみせた。結局自分はどうなるのかよくわからないまま、こくりと頷く。勘定を済ませ外へと出ると、やわらかな陽が瞳を刺す。そういえば、まだ名乗っていやせんでしたねィ、なんて、少々間の抜けたタイミングで少年は声を上げた。


「真選組一番隊隊長、沖田総悟でさァ」
「…真選組副長、土方十四郎だ」


少年は、沖田というらしい(土方が総悟総悟と呼んでいたのは名前だったのだと今更知った)。一番隊隊長と、副長。どうやら、真選組というのは旅籠ではないらしい。そういえば、二人とも揃いの服を着て、刀を差している。


「ええと、斎藤、綾音です」

もしかしてわたし、とんでもない組織に足を踏み入れてしまったのだろうか。
一抹の不安が頭の中を過ったけれど、彼らはわるいひとではなさそうだし、なんとかなるだろう。そう楽天的に結論づけて、綾音は先を行く二人を追いかけた。


生存権獲得
すこしずつ、動き出す




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