「人が多い・・・」


思わず、ぽろりと零してしまった。終着駅に降り立ち、改札口を出た瞬間のことである。人が多い多いとは聞いていたけれど、これ程とは。まるで波のようにうねうねと動いている。人ではない、者たちもちらほらと見える。異質な筈の彼らは、何故だかこの異質な江戸という町に良く馴染んで見えた。色に溢れたこの町では、自分の一番綺麗な気に入りの着物と履き慣れた下駄が、やけに場違いに思える。


江戸に出てきたはいいものの、特に行く当てがあるわけではない。おばあさんのところに世話になるわけにもゆかず、綾音は取り敢えず今夜の宿を探そうと、見知らぬ町に一歩を踏み出した。すくない荷物さえ、重たく感じる。とんでもないところに来てしまったなあと、ひとりごちた。江戸の中心はたあみなるというところなのだと、おばあさんは言っていた。江戸で一番高い建物だから直ぐに見つけられる、とも。


成程確かに、その建物はこの町の中でもひときわ異彩を放っていた。たかくたかくそびえたつ、鉄色の。


「あれが、たあみなる・・・」


極彩色の、丈の短い着物を着た若者たち、忙しなく動く人の波、異質の中にとけこんでしまった天人、そして、たあみなる。
圧倒されて動くことすらできない綾音に、どん、と衝撃が走った。肉の塊かぶつかったような。


「あっ、すみません・・・」
「おいおい嬢ちゃん、どこ見て歩いてんだあ?」


振り返ると、2匹の豚が、鼻をふがふがさせて此方を見ていた。嬢ちゃんとは自分のことだろうか、と綾音は首を傾げる。そう呼ばれる年頃はすこし通り過ぎてしまった。
2匹の豚、の天人は、目をきゅうっと細めて、下卑た笑みをうかべている。厄介なものに絡まれてしまったらしいと気づいたときには、既に遅かった。


「俺たち天人のお陰で建ったターミナルに見惚れちまったらしいぜ。田舎者の嬢ちゃん、どっから来たんだい」
「江戸に、俺たち天人の国に、ようこそってところか!」


耳障りな笑い声を上げる彼らは、綾音の表情が僅かに変わったことを見逃していた。


「田舎者の嬢ちゃんに歓迎の意を表して、今から俺たちとあそびに行かない?」
「最新のあそびを教えてやるよォ!」
「嫌です」
「・・・ハ?」
「この国を天人の国だなどとほざく連中とあそびに行くのは、嫌だと言っているんです」

俯いていた顔を上げる。
其処には、見知らぬ町に気圧され、怯えていた彼女の姿はない。
ただ凛として、己の道を通さんとする彼女の姿が在った。


「たあみなるが建っても、町を貴方がたが歩くようになっても、この国は貴方がたの国ではありません。侍がいる限り、その魂を持つ者が一人でもいる限り。この国は侍の国です」


2匹の豚の顔色がみるみる変わる。しまったと思ったときには既に遅かった。ぶくぶくと太い手が拳銃にかかるのを、スローモーションのように見ていた。


(こんなところで、死にたくないなあ、)


やけにのんびりとそんなことを思った瞬間、


「おーい、そこの雄豚、なんか落としやしたぜ」


間の抜けた声が彼らの動きを停止させた。


貴方の魂だけは譲れない


たしかにひかるその名前




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