さらさらと万年筆を走らせる。ひとつ大きなヤマが片付いたというのは喜ばしいことである筈なのに、却って事後処理の書類が増えるものだから頭が痛い。まあ、身内に死傷者を出さなかったという点では今回は100点中150点くらいのものなのだが。
最後に名前を書き、判を押す。朱肉の赤が、目に鮮やかだ。ぐぐ、と印鑑に力を入れ、くっきりと押されたのを確認したあたりで、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。この軽さは男には出せない。まもなく障子をからりと開け、副長補佐が顔を出す。


「副長、書類の点検お願いします」
「あァ」


書類の束を受け取り、ぱらぱらと捲っていく。この副長補佐、詩音が書類でミスをすることなど皆無に等しいため、さほど注意を払わない。頼んだ枚数が揃っていることだけはすこし念入りに確認して、段ボールに詰めた。これは明日の朝、警察庁に発送することになっている。
点検が終わり、戻っていいぞと声をかけようとしたところで、詩音の動作が目にとまった。茶の準備をしているらしい。きちんと団子の横にマヨネーズの添えてあるのを見て、その心遣いに目を細めた。まったく、良くできた部下である。


「お茶、どうぞ」
「ありがとな」


あたたかな緑茶に、張り詰めていた糸が僅かに緩んだ。いつも隊士の間で飲まれている、薄い安物ではないことくらいは土方にもわかる。ゆたかな香りが鼻を抜けていく。団子を咀嚼しつつ、ふと掛け時計を見た。時計の針は既に昼近くを指している。昼食は遅めに取った方が良さそうだ。その時には食堂には何も残っていないだろうから、外に出なければ。角の定食屋でいいだろうか。


「副長、」


りん、鈴が鳴った。いや、勿論それは錯覚に過ぎないのだが。彼女の声は、透明な鈴のそれに似ている。


「すこし、休まれては如何ですか。書類なら私がやっておきますから・・・五徹だなんて、流石の副長でもやりすぎです」


俺だって、別にすきで起きているわけではないと言おうとして、その強い瞳に気圧される。絶対に引かないという、強い瞳。そういう目は本当に譲れねェもん護る時にするもんだ、と心のなかで呟く。
寝てはいけない。しかし、一度意識してしまうと、躰のだるさも、眠気も、堪えがたいものになった。仮眠。その二文字がちらつく。


「副長が倒れたら、真選組全体に悪影響が及ぶんです。自分のためにも、みんなのためにも、すこしでいいから寝てください」


みんなのため。その言葉が、罪悪感を薄れさせた。そうだ、すこし眠ろう。起きてからだって、なんとか間に合うだろう。布団を出すのも億劫だ。


「おい、」
「はい」
「30分だけ、膝、貸してくれ」
「膝・・・です、か?」
「嫌か」
「っ、いえ、どうぞ!」


彼女の腿に頭をのせると、隊服の上からでもその細さとやわかららかさが伝わってきた。このちいさな躰のなかに、しなやかで強靱な力が熱を持っている。それに限りなく近いところに触れていると思うと、笑みを零さずにはいられない。


「詩音、」
「はい」
「30分経ったら必ず起こせよ、煙草と万年筆買いに行かなきゃならねェ。起こさなかったら切腹な」
「もう煙草切れそうなんですか。・・・程々にしてくださいね」
「ああ。・・・そん時昼飯連れていってやるから、お前もついてこい」
「はい・・・!」


きっと嬉しそうに笑んでいるであろうその表情をみたいと思ったが、瞼は接着剤をつけたかのようにぴたりととじている。圧倒的な力で、土方はふかい眠りに引き摺りこまれていった。














冷房の効きすぎているのに、ふと目を覚ました。掛け時計を見てぎょっとする。もう、2時をとうに回っている。起こせと言っただろう、と文句のひとつでも言おうと身体の向きを変えたところで、はっと気がついた。
詩音が、頸をかくんと下げて、すうすうと寝息をたてている。胸の辺りまで伸びた髪が垂れて、その表情は横からであれば見えないだろう。ふせられた睫毛の長いことに、どきりとした。
副長補佐である彼女も、自分程ではないけれど碌に寝ていない筈だということに、今更ながら思い当たる。一番近くにいるくせに気づいてやれなかったなんて、上司失格だな、とちいさく自嘲する。詩音を起こさないように起き上がるにはどうすればいいかと思案していると、白磁の肌と対照的な、色づいた唇に目がとまった。


ほぼ衝動的に、僅かに開かれた、ぽってりとした唇に自らのそれを合わせる。微かに、先程(といっても数時間前だが)の団子の味が広がった。息苦しさに、いつ目を覚ますだろうかと少々意地の悪いことを考える。目を覚ましたら、何でもないような顔をして外へ連れ出してやろう。くちづけの意味は、そうだな、お前の誕生日だから、ということで。


くちづけのあとづけ


(ほんとうを伝えるのは、もうすこし先でいい)




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