「やっまざっきさーん、飲んでますかー?」
「飲んでるよ。人の名前を変なアクセントつけて呼ぶのはやめようね詩音ちゃん」
「はあああい。んふふ、こんなとこで一人で飲んでるなんて、山崎さんて好き者ですね」
「そうかもね」
「ぬ、なんか山崎さんつめたい。いつもか」
「失礼な」


あははと笑って、詩音はするりと山崎の隣に腰を下ろした。桜は既に散り際で、少し南に行けばもう葉桜なのだそうだ。温い風が彼女の髪をゆるりと撫でていく。


「山崎さん山崎さん」
「何、詩音ちゃん」
「桜の木の下には死体が埋まってるって、あれ、本当ですかね」
「・・・花見の席でなんてこと言うの君は」
「えええ、だって気になるじゃないですか」


この部下は時々、いや結構な頻度でとんでもないことを言い出す(先日の「副長と沖田隊長の半裸っていくらで売れますかね?」発言は俺と彼女の秘密だ。二人の耳に入ったら切腹どころか八つ裂きにされかねない)。あるわけないでしょとあしらいつつ、桜を見上げた。薄桃色が太陽の陽射しに透かされて、とても綺麗だ。


「江戸だけでも桜が何本あると思ってるの」
「現実的でおもしろくない」
「何か言った?」
「何も。山崎さんて永遠とか信じないタイプの人ですか?」
「そうだね。考えたこともない」


ゆらり、花弁が酒に浸った。詩音はいそいそと携帯を取り出す。写真を撮るつもりらしい。その頬にも一枚薄桃色がついていることを教えてあげた方がいいだろうか、とすこし迷う。
永遠。
考えたこともなかったその単語を、口の中でしずかに転がしてみる。あるわけない、という醒めた考えしか浮かばなかった。ばかばかしいとさえ、思う。どうやらロマンチックは俺に合っていないらしい。
永遠が欲しいなら、その感情を氷漬けにして心の深く深くに沈めておけばいい。なまものを留めておけば、いつか腐り落ちる。そして、変化のない感情程面白味もなく意味もないものはない。
「詩音ちゃんは、信じてるの?」
「はい?何をですか?」
「だから、さっきの。永遠」


信じていそうだな、と何となく思う。事あるごとに夢がないだの現実的すぎるだのと呆れられる山崎と詩音は対照的な存在だった。言うなれば、おとなとこども。
そんなこどもは今、ようやく写真を撮ることに満足したのか山崎を見てううんと考えこむ。そして、からりと言い切った。


「信じてません」


予想外の言葉に僅かに目を開くと、意外って顔してる、と笑う。ちょっとさみしいですけどね、と付け加えて桜を見るその横顔は、ほんの少し大人びて見えた。


「信じてないけど、」
「けど?」
「永遠なんてないから、人は恋をするんじゃない」
「・・・山崎さんて、意外とロマンチストなんですね」
「・・・・・・五月蝿いよ」


思えば、随分と恥ずかしいことを今言った気がする。桜の魔力というやつか。少し恨めしく思って桜を見上げた。隣では詩音がくすくすと笑っている。気恥ずかしさを紛らわそうと酒に口をつけると、薄桃色の花弁がその存在を主張してきた。摘み出して、そのぬるい液体を口内に滑らせる。


「山崎さん、」
「なに」
「もし私が山崎さんより先に死んだら、死体は桜の下以外に埋めてくださいね」
「いや、普通にお墓つくるから大丈夫だけど」
「・・・なんでって訊かないんですか」
「訊いてほしいの?」
「っ、べつに!」


本当にこどものような反応に、思わず笑みが零れる。なんで?ときいてやると、俯いてぼそぼそと口を動かした。


「桜に魂吸い取られるなんて、癪なので。・・・もしあるなら、来世でも山崎さんと一緒にいたい、から」


桜の下に埋まって桜になったなら、愛しい人を死んだって見ていられると誰かは言った。ただの呪いだと言う人もあった。
死んでからも一緒、だなんてナンセンスだと思っていた。ともに呼吸して、食事をして、会話をするのでなければ意味がない、と。
でも、来世なら。


「じゃあ、俺も来世で君と一緒にいられるように願っとくよ」


詩音は目を見開き、はにかんだようにはいと笑う。
ねえ、この馬鹿みたいで苦しくて素敵な世界を精一杯生き抜いたら、来世はまたどこかで落ち合おうか。
そんな青い考えに、ひとり笑う。悪くない。


「あ、桜、」


ぶわり、風が桜を吹き散らした。花弁が名残を惜しむかのように空を舞う。のみかけだった缶ビールを飲み干し、彼女の白い指先にそっと触れる。
春が、終わろうとしていた。


桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける

(嗚呼、綺麗だ)


*****
千波矢に相互記念で献上いたします。素敵な作品を頂いたのに、お返しが貧相で申し訳ないです・・・リクエストにも沿えていない(T_T)
これからよろしくね(*^^*)!

最後の桜花〜の歌は古今集の紀貫之の歌です。このイメージで書いたのですが・・・撃沈・・・ 笑

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