君がいないから歌えるラブソング


マフラーを鼻まで引き上げて、コートのポケットにひえきった手をつっこんで、ゆっくり息をはく。短めに折ったスカートからのびるむきだしの足は、つめたい外気に晒されてとっくの昔に感覚がない。膝小僧があかくなっている。あたしはポケットのなかにいくつかいれている飴玉からてきとうにひとつ取って、くちに入れた。安っぽい苺の味がじわじわと舌を麻痺させる。イヤホンからごくごく小さいボリュームで流れてくる、甘ったるい恋の歌みたい。

「あま…」

低く呟いた自分の声が心底嫌そうで、思わず笑ってしまう。あたしは普段甘いものなんてたべない。チョコレートやパンケーキよりもポテチやラーメンなんかのほうがすきだ。このポケットのなかの飴玉は、ぜんぶ敦のためのもの。友達に呆れられてしまうくらい、あたしは彼にぞっこんだ。
音楽プレーヤーのボリュームをさらに下げる。そろそろ敦がバスケ部の練習を終えて、体育館から出てくる頃だ。イヤホンをしていると、敦はいつもよりちかい距離で話しかけてくれる。それがすきで、でも彼の声もききたい欲張りなあたしはイヤホンのボリュームを下げることを思いついた。友達がこんなこと知ったらどん引きするに違いない。だって、あたしだったら引くと思う。

俯いてイヤホンのコードを弄ぶ。遠くからちらほらと部活生の声がきこえる。ざくざくという足音も。そのうちのひとつが、こっちにゆっくり近づいてくる。敦の足取りはゆったりしているけれど、歩幅が他の人たちよりも随分大きいから距離の近づきかたでなんとなく敦だな、ってわかる。人懐こい熊とかが近づいてくるときもこんな感じだと思う、たぶん。
ぴたっと足音が止んで、あたしは顔を上げる。練習終わりのほかほかの体をマフラーやらコートやらでぐるぐる包んだ敦がのそりと立っている。付き合ってすこし経つけれど、あたしはいまだに敦を見るとどきどきしてしまう。ぐぐっと大きな体を折って、敦がわたしに口をよせる。

「かえろ」

うん、と返事をして、イヤホンを乱雑にポケットにつっこむ。敦が手を差し出してくれたから、そのあたたかな指にひえきった指をからめた。ぴく、と敦の眉が寄る。

「つめてー」
「うん」
「図書館とかで待っとけばいーじゃん」
「ん。いーの」

へんな芙由花ちん、と呟きながら、敦はあたしの指をぎゅっとにぎってくれた。体温がうつるように。これもすき。あたたかな敦の指とつめたいあたしの指の温度がまざって、じわじわと同じ温度になっていく。
お揃いのごついブーツでざくざくと歩く。あたしも敦もあまり饒舌なほうではないから、帰り道は大体無言だ。こんなとくべつ寒い日はなおさら。だまってざくざく、ざくざく歩く。雪がたっぷり積もっているせいか、日は落ちているけれどあたりはうす明るい。ほかの誰かたちがつけた足あとの上に、新しい足あとをつけていく。

「きょうね、」
「うん」
「うち、だれもいないの」

敦の指先がぴく、とうごいた。やわくにぎりなおすと、かるく2回、にぎりかえしてくる。上機嫌だ。

「夜ごはんお菓子でいー?」
「えーいやだ。ラーメンか炒飯か餃子がいい」
「全部行く店一緒じゃん」
「いーじゃん」
「お菓子たべたいじゃん」
「コンビニよればいーじゃん」
「…まねすんなし」

とがらせたくちに、飴玉をつっこむ。ポケットに入ってたひたすらあまい苺味。すぐに奥歯で噛み砕いてしまって、なくなっちった、なんて言うからもうひとつあげた。週1回は通っているラーメン屋まで、あと飴玉3つ分くらい。
ラーメンと炒飯と餃子をたべて家に帰ったら、大蒜くさいキスをして、その先もきっとする。あまったるいラブソングも、苺味の飴玉もいらないくらいの、とびっきりの。


君がいないから歌えるラブソング





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