玻璃の花


ぺたりぺたり。ぎしりぎしり。湯上がりの火照った身体をぬるい風で冷ましながら、沖田は歩き慣れた屯所の縁側を歩いていた。ぺたりぺたり。ぎしりぎしり。下手をしたら自分の部屋よりも入り浸っているのではないかという場所まで、あとすこし。しつれーしまさァ、と同時に障子を開けた。中にいた土方は僅かに眉を顰める。


「そういうのは入る前に言うもんだ」
「あれ、いたんですかィ土方さん」
「俺が俺の部屋にいちゃ悪いか」
「べっつにー」


土方は溜息を吐いて、また書類に取り掛かった。相変わらず生真面目なひと。それか、ただのワーカホリック。うええ、気持ち悪い。仕事がすきだなんて。
手元を覗きこんでみると、この間の討ち入りの報告書だった。ふうん、これは松平のおっさん行きなんだ。え、密輸品とかあったっけ。俺聞いてない。
どれどれ、と更に読み進めようとすると、気が散るからどっか行っとけ、と追い払われた。なんだよ、折角可愛い部下が仕事に興味を示したのに。もう知らない。
仕様がないから、土方の背にもたれて座りこむ。これなら邪魔だって怒られない筈。それに、土方さんが背中合わせを嫌いじゃないのを俺はしっている。

暫くして、ペンの音が止んだ。判子を押す音。肩甲骨がぐりぐり動いて、伸びをしたんだな、とわかる。仕事は一段落ついたらしい。


「おい、総悟、寝てんのか」
「起きてやす」
「何か用があったんじゃねェのかよ」
「土方ァ」
「あ?」
「今日は十五夜のお月さんらしいですぜ」
「もうそんな時期か」


シュボッ、ライターで火をつける音がきこえる。慣れてしまった匂いが鼻腔を擽る。きっと副流煙で俺の肺は真っ黒だ、なんて、今更なことを沖田は思った。仕方がない、ヘビースモーカーのろくでもない男と恋人同士になってしまったのだから。
恋人。男同士でも、恋愛をすることだってあるのだ。手を繋ぐのも、キスも、それ以上も。告白はお互いにとって人生最大の汚点だから、思い出さないようにする。


「山崎が団子拵えてやしたぜ。ねえ、折角だから月見酒でもしやせんか」
「それ目当てかよ、テメーは」


呆れた風を装っているけれど、その声に含まれたたのしそうな色を沖田は聞き逃さなかった。からりと窓を開けると、丁度まんまるの月が覗いている。いそいそと台所からくすねてきた酒をあけ、二人でちいさく乾杯する。温い液体が、折角冷ました体をまた、火照らせていく。


「団子は」
「貰ったけど、食っちまいやした」
「おまえなあ・・・」
「甘いもん好かねェでしょう、親切で食べてやったんだから感謝しなせェ」
「誰がするか馬鹿」


すこし酔いが回ってきたのか、土方はぎうと後ろから沖田を抱きしめた。彼はそう酒に強い方ではない。猪口にとぷとぷと新しい酒をついで一気に飲み干すと、頭がくらりとした。頬があつい。締まった腕が、ゆるく沖田を拘束している。
行き止まりだ、とおもう。完璧な行き止まり。土方と一緒にいると、死といちばん近いところにいるようだと、沖田はおもうのだ。手をのばせば浸してしまえそうな程、近くに。きっとこれ以上はない。行き止まりで、俺たちはじゃれあっている。


見上げてみると、土方はやけに真剣な表情で月を見つめていた。そんなに見つめたって、うさぎは出てきやしないのに。
沖田も、土方に倣って月を見つめてみる。まるいなあ、くらいの感想しか浮かんでこなかった。昔の人が、そして今おそらく土方が感じているであろう「あはれ」なんていうものは、自分とそりが合わないらしい。あ、何かに似ていると思えば、この月、さっき山崎から貰った団子に似ている。


「団子が空に浮かんでらァ」
「は?団子?」
「まんまるで、黄色の」
「・・・あァ、月か」


月か、って、月を見ていたんじゃないだろうか。よくわからない。ときどき、土方さんはとぼけている。
ごくり、嚥下する音が聞こえた。今顔を上げたら、綺麗な喉仏が上下する様が見えただろう。しずかに息をすいこむ音がする。


「総悟、」
「なんですかィ」
「月が、綺麗ですね」
「・・・なんでィ、急に敬語なんか使いやがって気持ち悪い。そーですね」
「・・・・・・あーそうか、そうだな、ウン」
「?  どうしたんでィ、とうとう頭おかしくなりやしたか」
「いや、お前にちっとでも期待した俺が馬鹿だった。何でもねーよ」


そうだよな、知ってるわけねーか、と頭上でぶつぶつ呟いている土方は、沖田の口角が僅かに上がったことに気づかない。
知っている。知っているけれど、言ってやらない。「死んでもいい」だなんて。思っていないことは基本的に口にしない主義なのだ。日頃から土方暗殺、副長の座を乗っ取ることを公言している俺がそんなこと言ったら天と地がひっくりかえってしまう。大体、「愛してる」なんて綺麗な言葉は二人には似合わない。だからといって、しっくりくる言葉を見つけているわけではないけれど。


閉じられたこの世界の遠くの方で、歓声がかすかに聞こえる。大方、山崎が団子でも配っているのだろう。畜生、俺ももらいたい。きっとこの副長室にも配りにくるだろうけど。この光景を見たら目を剥くだろうなあと、沖田は想像して口元を緩ませた。腰を抜かすかもしれない。叫びはしないだろうな、彼は曲がりなりにも監察だもの。
土方はぶつぶつ言うのをやめて、ちびちびと酒を飲んでいる。沖田も、随分前に空になっていた猪口を再び透明の液体でみたす。月のひかりがゆるく差しこんでいる。


「土方さん、」
「あ?」
「俺、しにそう」
「ハァァ?んだよそれ」
「いや、なんとなく。そう思っただけでさァ」
「またお前はわけわからんことを・・・」


土方の腕の力がつよくなる。その温度に泣きそうになる。
しあわせが、こんなにいたいものだとは知らなかった。知らないままがよかったかもしれない。きっと、このじくじくする痛みから離れられなくなっている。一生。しぬまで。

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