(あーあ・・・)
駅のホームで山崎ははぁ、と溜め息をつき、月のぽかりと浮かぶ空を見上げた。
「山崎どうしたんでィ。ただでさえ情けねー顔のくせに今日は情けねー溜め息何度も吐きやがって」
「情けない顔ってのは余計だよ」
「彼女と喧嘩かィ」
「・・・何でわかるの」
「何となく」
同僚の沖田はこれでも食えば、とあんぱんをさしだした。
・・・これは心配されているのだろうか、それとも嫌がらせだろうか。
取り敢えずあんぱんを受け取って、もさもさと口に運ぶ。
牛乳が欲しい、と言ったら叩かれたので我慢する。
「お前に似合わずよくできた彼女ですよねィ、可愛いし。詩音、だったっけ?」
うん、と言うと、うわ情けねー返事、と言われた。
確かに情けないけど。
本当に、よくできた彼女だ。
優しいし、可愛いし、家事もできるし、仕事もできる(らしい)。
マンションの隣の部屋になったのがきっかけで仲良くなり、つきあいはじめたのが1年程前。
二人の性格が影響したのか、これまで喧嘩らしい喧嘩などしたことがなかった。
だから、余計どうすればいいのかわからない。
「俺なんかよりいい男いっぱいいるのになあ・・・何で俺なんだろ」
「馬鹿ですかィあんた」
「痛っ!」
頭に拳骨をくらい、山崎は涙目で沖田を睨む。
「何するんだよ!いったいなー・・・」
「はぁ、そんなんだからてめーはいつまでたっても山崎なんでさァ」
「Σいや意味わからないよ!?」
「詩音は詩音の意思で山崎と一緒にいるんでィ、たった一度の喧嘩でへこたれんじゃねーや馬鹿。アイツが一緒にいる奴はアイツが自分で決める、そうだろィ?」
沖田の言葉に、出かかった言葉がつまる。
「喧嘩したら謝りゃいーんでさァ、まだ謝れるんだから」
それでも反論しようとした山崎を、沖田が睨んだ。
童顔のくせに、睨むとやたら迫力がある。
「でもとかだってとか言ったらホームから突き落としやすぜ、俺ァ女々しい奴は大嫌いなんでィ」
「!」
なんちって、と沖田は笑う。
その笑顔はもういつもの沖田だった。
「自信持ちなせェ、てめーはやりゃあできまさァ」
それに、と言って沖田はにたりと笑う。
「俺ァ山崎のこと、なかなかいい男だと思いやすぜ。まあ俺には負けるけど」
「沖田さんっ・・・!」
「じゃあな」
沖田は山崎とは反対方向の電車に飛び乗って行ってしまった。
入れ替わるように、山崎の乗る電車がホームに滑りこんでくる。
(よし、)
帰ったら、ちゃんと話そう。
それから、ちゃんと謝ろう。
山崎は混雑した電車の中、固く決意した。
・・・そう決意して、帰ってきたはいいものの。
山崎は部屋でうだうだと考えこんでいた。
(メール・・・はまずいよね、でも会いに行ってつっぱなされたらなあ・・・)
隣の部屋なのに、とても遠く感じる。
もともと、事のはじまりは山崎の昨日の飲み会の帰りだった。
べろべろに酔った同じ部署の女性社員を駅まで送って行く途中、残業を終えた詩音に遭遇した。
まあ、浮気・・・と間違われてもおかしくない。
それから詩音の部屋に行き、事情を説明した。
したのだが、「わかったよ、もういい。おやすみ」と説明が終わったと同時に部屋を追い出されてしまったのだ。
それから、いつも一緒に会社に行く習慣を「ごめん、先行ってて」とメールですっぽかされ、今に至る。
(あ、)
そうだ、電話をしよう。
思いついたら即実行だと、山崎は携帯を手に取った。
RRRRR...
「はい、」
出たのは、少し堅めの詩音の声。
「あ、俺、だけど」
「・・・うん」
「っ昨日は、ごめん!」
思いきり息を吸い込んで、謝った。
え、と電話の向こうで戸惑う声が聞こえる。
「詩音のこと不安にさせて、傷つけて、ほんとごめん!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
「・・・へ?」
「謝らなきゃいけないの、あたしの方だからっ」
・・・言われていることの意味がわからない。
取り敢えず落ち着こう、と山崎はソファに腰かけた。
「あたしっ、凄い嫉妬深くて・・・、」
「うん、」
「昨日もさがるは悪くないってわかってるのに、凄くいらいらしちゃって、」
「うん、」
「今日、も準備できてたけど、顔合わせたら酷いこと言っちゃいそうで、怖くて、」
「うん、」
「さがるの優しいところはとってもいいところで、大好きなのに、たまに嫌になっちゃって。あたしだけに優しくして欲しいとか、本当馬鹿なこと考えちゃって、」
「うん、」
「本当にごめんなさい。でも、よ、よかったら、嫌いにならない、で」
ひくっ、としゃくりあげる音がする。
泣いているのだろうか。
「嫌いになるわけないだろ」
自分でも吃驚する程、優しい声が出た。
「・・・ほん、と?」
「俺は嘘がつけない質なんだ」
へへ、と笑い声が聞こえた。
どうやら関係は修繕されたらしい。
「ねえ、詩音」
「うん?」
「詩音さ、今もしかしてソファに座ってる?」
「? うん」
山崎のソファと詩音のソファは、ちょうど背中あわせのように置かれている。
つまり、
「じゃあ俺たち、今背中あわせしてるね」
詩音は暫く「え?ん?」とか言っていたが、意味がわかったのか、「そうだね」と笑った。
「・・・ね、さがる」
「何?」
「あ、の・・・電話じゃなくて、背中あわせじゃなくてね、ちゃんと向きあってさがるの声が聞きたい」
「それ、って」
「さがるに、会いたいよ」
照れたような声に、心拍数が跳ね上がる。
「うん、今いくよ、5秒でつくから」
「うん、待ってる」
鍵を持って、用を果たした携帯はソファに放り投げる。
鍵をかけるのと同時に、隣のドアが開いた。
「さがる、」
部屋に入って、鍵をかけて、優しく抱きしめた。
「さがる?」
「詩音、だいすき。愛してるよ」
ありったけの愛のことばを君に
(それでも全然足りないくらい、)
(君がすき!)
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