僅かなブレーキ音で、意識が浮上する。着いたのか、と外を覗こうとして、視界に入った黒い前足に気が滅入った。やはり、まだ慣れなんてものには程遠い。
そして、無造作に開くドア。窓にかけていた前足のせいでバランスを崩し、何とか地面に着地する。この運動神経は我ながら大したものだ。犬になっても。


「チッ、地面に顔面着地すりゃァ良かったのに」


降ってきた縁起でもない言葉に、思わず相手を睨みつける。ふざけんじゃねェ総悟、といつもの調子で怒鳴りつけようとするも、わん、なんて吠え声に自分で萎えた。くそ、何なんだ本当に。


「そんな面白いことになった訳は後から聞きまさァ。今は俺の飯が先でィ」
「さっさとしなせェ、土方」


はっとして見上げると、しずかな一対の目と視線がかち合った。いつも何を考えているのかわからないその目は、今日も深い赫を湛えている。僅かな、ほんとうに僅かな戸惑いだけは辛うじて読みとることができた。とてとてと沖田の後を追う。空腹に腹が鳴った。






























「で、説明してみなせェ」




遅い夕食を終えた後(土方は何だかんだ残りものの肉を与えてもらった)、沖田の部屋でその主と対面していた。目線の違いに違和感を覚える。




(説明っつっても・・・こいつ言葉わかんのかよ?)




土方の思考を読んだかのように、沖田はハァ、と溜息をついた。アンタ覚えてねーの、と呆れ顔までつけて。




「俺ァ動物の言葉がわかるんでィ、聴こうと思えば」




・・・有り得ない、と思った。こいつ、とうとう頭がおかしくなりやがったか。でもそれにしては、ひっかかる記憶が多いのも事実で。
沖田はちいさな頃、あの貧乏臭い道場を稽古の合間に抜け出しては、よく動物と一緒にいた。捨て猫とか、野良犬とか、たまに烏とか。何してんだ、戻るぞと言うと、舌ったらずな声でうるせーじゃますんなひじかた、と反撃されたことを覚えている。




(本当に、わかんのか)




わん、という犬のそれに、馬鹿にすんじゃねェやと沖田は顰め面をする。どうやら本当のことらしい。いや、ここで嘘を言う必要もないのだが。
取り敢えず、できるだけ丁寧に洗いざらい話してみた。自分の口から発される犬のそれにはかなり萎えたが、しょうがない。話し終える頃には、屯所はしいんと静まりかえっていた。




「つまり、アンタは敵さん取り逃した上にそんな情けねェことになったわけですかィ」
(・・・そうなるな)
「ふうん。まあ山崎にあの浪士どもと天人に怪しい繋がりがなかったか、調べさせときまさァ。あと一応解毒剤も。・・・俺ァ別にアンタが犬のまんまでも構わねーんですがねィ」




むしろ好都合でさァ、なんて言うもんだから、冗談じゃねェと怒鳴る。こいつは本当に、ろくでもないことしか考えない。




「沖田隊長ー!」
「何でィ五月蝿ェな」




スパァン、と小気味良い音をたてて障子が開く。少し息の荒い詩音が、焦った様子で立っていた。




「犬が、あのこがいなくなって、・・・あれ?」
「犬ならここにいまさァ」
「あれー?なんで沖田隊長と一緒にいるんですか?」




もう、心配して損した、とへなへなと詩音が座りこむ。その様子が少し滑稽で、わん、と笑った。




「沖田隊長のところにいると何されるかわかんないから、帰ろうか」
「どういう意味でィ、俺なんか動物愛護精神の塊ですぜ」
「サディスティックの塊が何寝言言ってるんですか。おやすみなさい、沖田隊長」
「わん!」
「よし、行こう」




部屋を出る前、ちらりと後ろを振り返る。沖田はもう興味をなくしたようで、のそのそと布団にもぐっていた。土方も詩音の後に続く。行き慣れた彼女の部屋で、ソファに飛び乗って丸くなった。




「あれ、そこでいいの?」
「わん!」
「そっか、おやすみ」




きっと彼女は今から寝巻きに着替えるのだろう。土方はたいして眠くもないが瞼を閉じた。犬にだって、そのくらいの常識は備わっている。
暫くごそごそとしていた物音がやみ、布団にもぐる音がきこえる。その音が合図だったように、土方もまた微睡んでいった。




ソファぴったりサイズ


(都合良いやら、悲しいやら)
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