「何でこんなところに犬がいるんだ?」
「迷いこんだんですかね」
「首輪もねーし、薄汚いし、野良みたいでさ。死肉を漁りにでも来たんじゃねーですかィ」
「沖田隊長、そんな気味悪いこと言わないでくださいよ〜!俺そういうの駄目なんですから!」



近藤、沖田、山崎の3人が話をはじめる中、一人だけ近寄ってきた奴がいた。
副長補佐の栗屋詩音。



「・・・これ、副長の刀」



目を見開いたのは一瞬で、直ぐに血を払い、雨に濡れたその刀身を拭って鞘に戻す。そして土方の前にしゃがみこんだ。黒真珠のような両の目が、まっすぐに土方を見つめる。



「副長の刀、守ってくれてたの?」
「わん!」



犬相手に糞真面目にそんなことを聞くなんて、お前は餓鬼か。
そう思ったが、今は取り敢えず犬の姿である俺相手にコンタクトを取ってくれたことに意味がある。刀を守っていた、というのも俺の刀であるから強ち間違いではない。



「何犬と話してんでィ、詩音」
「沖田隊長、このこ、副長の刀守ってくれてたって」
「へー。犬がそう言ったんですかィ?」
「・・・馬鹿にしてるんですか?」
「いや、すごいと思いやすぜ。すごいすごい。すごいなァ」
「馬鹿にしてますよね!?本当にそう言ったんですって!」



大騒ぎをしている二人のもとに、近藤と山崎が寄ってくる。土方は自然と4人に囲まれる形になった。目線が違うため、威圧感が違う。



「刀があるってことは、向こうに連れていかれたってことはなさそうだな」
「血も刀の周りに見当たりませんし・・・」
「それじゃあ、敵を片付けた後、何らかの別の理由で土方さんは姿を消したってことですかィ」
「私たちの知らない、別の理由で・・・?」
「わん!」



視線が土方に集まる。数秒の沈黙の後、沖田がはあっと息を吐いた。



「今日のところは帰りやしょう。土方の仕事は取り敢えず詩音が代行しときなせェ」
「総悟、でもトシが、」
「だーいじょうぶでさァ近藤さん。アイツがふらっと出てってふらっと帰って来んのは武州にいた頃からだろィ。今度も女のところか何かでさァ。大体近藤さん、アンタ明日から京都に出張なんですから、今日しっかり体休めとかねェと明日にたたりやすぜ」
「じゃあ、この犬はどうしますか」



そう。問題はそこなのだ。
犬になった挙句飢えて野垂れ死ぬなんて笑い話でもなんでもない、只の悲劇だ。
土方はできるだけ良い犬に見えるよう、おすわりをして耳を垂れ、尻尾をぱたぱたと振った。こいつらに媚びを売るなど屈辱この上ないが、生きるためには仕方がない。今は身の安全が先決なのだ。



「取り敢えず、連れて帰りやしょう」
「やったあ!じゃあ沖田隊長、私がこの子の世話をします!」
「ハッ、勝手にしなせェ」



もう興味がないというように、沖田は背を向けて歩き出す。土方も詩音に続いて、タオルの敷かれたパトカーの後部座席に飛び乗った。車はいつもと変わらず、夜の江戸をゆるやかに走る。



(・・・よし、)



今のところ、身の安全は確保された。屯所にいる限りそれは保たれるだろう。
慣れない体の使い方で無意識のうちに疲労していたのだろうか、土方はまるくなりとろりと目を閉じた。



黒い瞼の裏側で

(君は何を夢に見る、)



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