(っ、チッ・・・)



土方は少し体を休めようと刀を下ろし、深く息を吐いた。
ある日の討ち入り。いくつかの攘夷浪士の会合が開かれるということで、真選組は分かれて討ち入りに臨んでいた。土方たちが向かったのはさほど大きな組織のものではなかったため、少数しか連れて来なかった、が。



(多いじゃねェか・・・)



監察方の得た情報が間違いだったのか、それとも組織が外部に知られずに莫大な人数を抱えこんでいたのか。
どちらにせよ、今はそれは問題ではない。斬るか斬られるか、撃つか撃たれるか。他の隊士は無事だろうかと、思いを巡らせる。ひどい雨のせいで、煙草さえままならない。



その一瞬の隙が、仇となった。



どこに隠れていたのか、浪士が目の前に現れる。迷うことなく斬り捨てた時、足を走った鋭い痛み。思考が纏まらなくなり、体も動かず、地面に伏せる。



(しまった・・・!)



麻酔弾か。通常の弾丸の方がずっといい。戦場において、体が思い通りに動かないことは即ち、死を意味する。



「ふははっ、いい様だな真選組副長。どうだ、地面にひれ伏す気分は」
「あの弾何だったっけ?麻酔弾?」
「覚えてる奴いねーのかよ」
「確か天人の薬だろ。頭がこの間買いつけてたじゃねーか」
「おい、囮の奴らと連絡が取れねえ。一旦引くぞ」



最後、やけに焦った浪士の声がして、足音は遠ざかっていった。瞼が重い。囮。近藤さんたちが向かったところだろうか。すると、俺たちははめられたのか。



雨が、急速に体温を奪っていく。瞼が重い。じきに応援が来るだろうと、そこで思考を止めて土方は瞼を下ろした。薬がどのようなものか、考えもしないまま。














雨の音がしない。ふと気がつき、土方は目を開けた。あれからどのくらい経ったのだろう。いくらも経たない気もするし、随分と長い時間が経った気もする。そういえば、体の痺れもない。短時間しか効かないものだったのだろうと、土方はむくりと起き上がった。



(・・・あれ)



視界が、やけに低い。おかしい。これでは、まるで子供だ。



(・・・まさ、か、)



麻酔弾じゃなく、子供の姿になる薬とかじゃ、ねェだろうな。
冷や汗が伝う。隣を見ると、愛刀と鞘が転がっていた。血を払って収めねェと刀が錆びちまうと、愛刀に手を伸ばしたが。


視界に入ったのは、真っ黒な、毛むくじゃらの前足。



(はっ・・・!?)



おそるおそる裏返してみると、肉球。先には黒く鋭い爪までついている。



(じょ、冗談じゃねェ・・・!)



子供なら未しも、動物となると会話ができない。まず、自分だとわかってもらえる可能性が少ない。つまり、真選組に帰れず保健所送りという可能性が十二分に有り得る。
取り敢えず落ち着こうとぐるぐる回ってみるけれど、その度にふさふさの尻尾が揺れて余計落ち着かない。どうやら自分は、比喩ではなく本当に犬になってしまったらしい。



どうすればいいのか、ぐるぐる回りながら考えていると、人の話し声が聞こえてきた。大勢、しかも聞き慣れた。



「トシ!いたら返事しろお、トーシー!」
「副長ー!」
「さっさと出てきやがれィ土方コノヤロー!こっちは疲れてんでィ!」
「副長ー!他の隊士は数か所怪我してるけど全員無事なんで、安心して早く出てきてくださーい!」
「帰ったら祝勝会だぞう、トーシー!」



これだけの人数が転がってるんだ、当然勝ったと思っているのだろう。しかし、違う。取り逃した。おまけに、俺はこんな姿になって。



「早く出てこいよう、トーシー!」
「わん!」
「・・・犬?」



近藤たちがこちらに向かってくる。相対した彼らの目には、明らかな戸惑いと疑問符が浮かんでいた。



土方十四郎、犬になる

(さて、どうしたものか)



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