天満月が光輝く夜半、風に乗って微かに香る煙草の匂い。その特徴的な香りを頼りに足を進めれば、辿り着いた場所は薄暗い路地裏。


「…見つけた」

「ククッ、相変わらず鼻の利く犬だ」


壁に凭れ煙管を燻らせる男の顔は月明かりに照らされ、その姿は息を呑む程艶やかで。ゆっくりと此方へ向けられたその表情は冷たく、そして目が合うなり愉しそうに喉を鳴らし笑う。


「こんな分かりやすい場所に居るんだもの。誰だって分かるでしょう、晋助」

「そうでもねぇだろ」


煙管の灰を地に落とし、懐に仕舞いながら「現に此処には俺とお前以外居やしねぇ」と言葉を紡ぐ。
そんな彼から視線を外す事なく静かに歩み寄り距離を縮め、目の前に立つと彼の名を呼び躊躇うことなく両腕を伸ばす。


「そんなにまでも俺が欲しいか?」

「貴方の全てが魅力的なの」

「ハッ、物好きな奴…」


伸ばした腕を晋助の首元に巻き付ければ、彼は応える様に私の腰に腕を回し熱の籠った互いの体が重なった。私を見下ろす彼の表情は未だ冷淡で、けれどその瞳の奥は微かな温かみを宿している。


「幕府の犬が敵と逢引なんざ笑えるな。そうは思わねぇか、なまえ」

「よく言う、満更でもないくせに」


皮肉を込めた言葉に対し、晋助は笑いつつも黙れと言わんばかりに唇を塞いで来た。


全ての始まりは至って単純。

高杉の目撃情報が入り真選組は厳戒態勢の下、彼の行方を追っていた。そして偶然にも、彼を見付けたのが私だった。
私が抜刀するよりも早く喉元に当てられた刀、同時に此方を見下ろし向けられた嘲笑うかの様な冷たい瞳。私は彼の全てに囚われ、瞬く間に奪われた。

そう、命ではなく自身の心を。

相容れぬ存在の私達を、この許されぬ関係を生み出した神様を恨みはしない。寧ろ感謝している。だって恋なんてものは、リスクが高ければ高い程燃えるものだから。

啄む様なキスの最中、鬼の形相をした上司の顔が脳裏に浮かんだけれど、それもほんの一瞬。晋助の生暖かい舌が口内に入り込むなり私の体は期待に疼き、思考なんて停止させて彼の全てを欲する。


「なまえ、このまま此処で殺してやろうか?」

「貴方に殺されるのなら本望よ」


壁際に追いやられた私に向けて、そんな台詞を口にしながら下顎骨をなぞる晋助の長い指はやがて私の首へと辿り着く。クスクスと笑い返し、力の込もっていないその手を掴むと、今度は私の方から酔いしれる程濃厚なキスを求める。


「ねぇ、晋助…」

「あァ?」

「殺してしまいたい程、貴方を愛してる」

「俺もお前を殺しちまいてぇ程に、愛してるぜ」


この恋はきっと、どちらかが死ぬまで終りはしない。

そして生と死が常に隣り合わせのように、愛情と秘め事は何時だって紙一重だ。

モドル

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