アオイハルって書いて、青春と読むのだそうだ。いやまあ、そんなことくらいならお馬鹿な私でも知っているのだが。そんな私を横目に、隣で煙の出るキャンディを頬張るのは我が担任様。いつもは立ち入り禁止の屋上を、何でも無茶で押し通す担任がこじ開けた。後で校長に怒られたって私は卒業してんだし、知るか。一人で怒られればいい。二人きりで屋上に立て篭もる。そんな空間、悪くない。

「お前よく卒業出来たよな」

失礼極まりない。国語は4だった。どうだ凄いだろう?他の教科は2とか3とかだけど、煙突立ってないだけマシだと思ってよ。授業はちゃんと出てるのよ、遅刻もしなけりゃサボりもしないんだから。

「国語だけよかったな、国語だけ」
「銀ちゃんだし。授業は出なきゃ損でしょ?」
「タメになるような事、やったつもりねぇけどな」

ぽりぽりお尻をかいて、ふわっと欠伸。本人曰く銀髪の髪が風に揺らぐ。でも私には白髪にしか見えない。本人に言えば怒られるから言わないけど。程よく伸びて心地良さそうで、つい触りたくなってしまうのがこの人の髪。手を伸ばせば変態の仲間入りをしてしまうので、絶対にしない。変態へジョブチェンジする願望はない。

「じぇーけーブランド使えなくなるね。セーラーともお別れだよ」
「女子大生の破壊力舐めんなよ。ちょっとエロを嗜んだお姉様も乙なもんだ」
「その発言、教師としてどう思うよ」
「いいじゃねぇか、本能に忠実で」
「銀ちゃんの頭の中は煩悩だらけだもんね」

そのお姉様にセーラーコスプレさせて恥ずかしがらせてゴニョゴニョと続けているが放置だ放置。政府は大層な物件を教師に仕立て上げたもんだ。このままだといつ犯罪者になるか分かったもんじゃない。
下を見ると、他の生徒たちがグラウンドで小さな影を作っている。私らはあんなにちっぽけなんだね。あ、お妙ちゃんがゴリラ蹴った。神楽ちゃんと沖田くんの決闘にマヨラーが巻き込まれてる。ぱっつぁんの本体が割れた。屁怒絽くんの存在感すごい。
三年間。今迄の当たり前が当たり前じゃなくなるの。この感覚、もう何度も経験したけど、なんか、慣れない。

「どーした。寂しくなっちゃった?」

少し顔を近づけられる。ピクリと肩を揺らすと、心底楽しそうに離れていった。…遊ばれてる、悔しい。
…銀ちゃんはどうなのだろう。毎年誰かを見送らなきゃいけない。担任だった生徒とか、思い入れのある生徒とか。寂しいって、思ってくれないのかな。

「ねえ、銀ちゃん」
「ん?」
「私らってさ、どうだった?」
「五月蝿かった」
「知ってる」

変わった奴らの寄せ集めというか、変わった奴らの吹き溜まりみたいなクラス。そして変態の担任。浮きに浮きまくっていたのは気付いてる。色んな事あったしね。普通の感覚で過ごしてたけど、よく考えりゃおかしい事ばっかだよね。うちのクラスって。

「おめーら卒業してくれて嬉しいよ。もう二度と帰って来てほしくねぇわ」
「…、だろうね。問題児しかいなかったし」

寂しいなんて思っちゃくれないよね。毎年そんな事思ってたら、神経保たないよねきっと。でもさあ、ねえ。銀ちゃん。嘘でもいいから寂しがってよ。全部気付いてる癖に、もて遊んでさ。ずるいよ。

「卒業旅行、行くのか?」
「ううん。みんなでカラオケして終わり。どうせ地元ばっかだし、会おうと思えば会えるよ」
「ちっ、お土産」

当たり障りのない会話。こうやって時間流れてバイバイして。忘れていくのよ、その死んだような目も、ふわふわな綺麗な髪の毛も。そしてまた誰かと出会って。…今度はもっと、手の届く人を好きになるね。もう苦しいのは飽きちゃったし。

「銀ちゃんって春休みどうするの?」
「教師に春休みあると思うか?校長のお守りだよお守り」
「ふうん、服部先生はキャバ行くって言ってたけど」
「マジかよ。いつ行くか聞いとこ」

最後に何を言えば良いのか分からなくなった。ありがとう、なんて恥ずかしくて言えないし、湿っぽいのは割に合わない。お互いキャラじゃない。だったら?どうやってバイバイしたらいいの。どうやって思い出にしたらいいの。やっぱズルいよ銀ちゃん。全部攫っといて、絶対手の届かないところまで行っちゃうんだもん。

「みょうじ、また来いよ。学校」

最後にしてくれないし、思い出にしてくれないし、忘れさせてくれないし。罪深い。もっとさ、かける言葉を選んでよ。私はそれ抱えて生きてくんだよ、これから、貴方の目の届かない所で。みょうに浮き足立った、宙ぶらりんなままで。どう思う?先生。

「気が向けば、ね」

素っ気ないなんて、銀ちゃん言う資格ないから。当たり前だから。終わりにしようよ。卒業すんの、あたしも、銀ちゃんから。春が私を連れ去るの。どう?いいでしょ?

「それは、俺がみょうじの気を向かせばいいわけ?」

いつだって。歳下だって、生徒だって、からかって遊ぶの。だから、進学して、もてあそばれない位にいい女になるんだ。銀ちゃんなんか相手にしてあげないんだから。

「やれるもんなら、…んっ」

なんでも銀ちゃんがリードする。手が届かないと諦めようとしたときに、スッと戻ってきて触れさせるの。そしたら私はまた、未熟なアオイハルを夢見て溺れてしまう。
砂糖菓子のように甘くて短いキスが私の心を引き戻す。私は銀ちゃんから卒業させてくれないらしい。

「生徒に手を出すなんて、犯罪」
「こうすりゃ、俺に会いたくて堪らなくなるだろ?」
「…ずるいよ」
「大人っつーのはずる賢くてエロい生き物なの」

私の髪をすいて、もう一度唇を奪う。戻れないよ、いいの?ゆっくり白衣を握ると、調子良さそうに口角を上げて角度を変える。
立て籠もった屋上。駆け抜ける少し冷たい風と、ハルの匂い。今度はもう少し甘くて幸せな恋をしよう。
モドル

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