俺の知り合いには、愛想ってやつをどこかに落っことしてきたような奴がいる。否、看板娘として働いている団子屋で勤務中はキラッキラの営業スマイルを振りまいているから、プライベートオンリーで愛想を仕舞うようだ。相変わらず無愛想なその女は、数分前に定員が運んできたグラスの中身に口を付けず、その視線は外の景色を捉えたきり動かない。外は先ほどまで晴天だったというのに気がつけば雲行きが怪しくなっていて、そういや天野アナのブラック占いで雷に打たれて死の淵を彷徨うでしょうと言われたのを思い出した。あまりの悲惨さに女のこれからを不安がる新八がラッキーアイテムのウサギのキーホルダーを買って与えたくらいには、この無愛想な女に懐いてる奴が多い…ちぇ、顔が良けりゃ態度が悪くても人は寄ってくんのかなあ俺だってもう少し髪の毛が真っ直ぐだったら年中遊んで暮らせるような金をくれるオバ様なんかに見初められたかもしれねーってのに。あーあ。
…なーんて、愛想を仕舞い込んだ女を視界に入れながらファミレスでパフェをちびちびと食べる俺は最近、仕事の依頼がなくて暇を持て余している…と、女が目の前に置かれたグラスの汗の雫に触れながら、僅かに口を開いた。なんだかそのアンニュイな雰囲気が様になっている…なにか仕事の事でも考えているのだろうか。最近、店主のじいさんが腰を痛めて休業を考えていると話していたのを思い出す。それとも、常連のサド王子が店に顔を出す度に調教されないかと誘ってくることについてでも考えているのだろうか。それとも…あー、顔がいいと勝手に想像が膨らむな…と、余計なことを考えながらその開いた口から出る言葉を待つ。

「…ねえ、ニートマン」
「やっと喋ったと思ったら、なんだよその呼び名」
「暇だったからあだ名考えてたけど良いのが浮かばないんだよね。どうしてくれんのこの無駄な時間」
「俺のせいかよ」

女ってのは甘い声色に甘そうな笑顔っつーのが常備されてるもんだと昔の俺は思っていたが、この女のおかげでそうでもないことを思い知らされた。例えば蜂蜜みたいな、夢中になるベトベトの甘さはこの女の中には存在しない。

「ニートマン、糖尿侍…んー」

自分から出掛けたいなんて我儘を言っておいて、歩くのが面倒になったとファミレスに引っ張り込まれた。相手を気にせず黙り込んだ挙句、下卑してくるたァ身勝手な女だと思う。幾ら顔が良いからって、幾らアンニュイな雰囲気が似合うからって頭ん中が空っぽな奴にこちらの勝手な想像を押し付けても受け付けてくれるわけもなく…くそう、ニートマンなんてあだ名、呼ばれる状況にある俺が悪いのか、そうなのか。というかそもそも、俺は何でこいつに振り回されてんの?何も言ってねーのにパフェを注文されたけど、このパフェ奢ってくれんのかな?そんなわけねーか。

「ねえお前なんなの。連絡もなしにうちに押しかけておいて何してぇの?俺ァお前のふわっふわの脳みそに付き合える程ひまじゃないんだけど」
「神楽ちゃんが言ってたよ、もう一ヶ月くらいパンしか食べてないアル、暇すぎてカビが生えそうネって」
「ごめんニートマンだった俺」
「マダオでしょ。銀ちゃんがニートマンなんてかわいいの似合わないから」
「お前が付けたんだろそれ」
「んー、そういやそうだね」
「………」

もうヤダ、この子やだ。顔と雰囲気があるだけで本当頭んなか空っぽなのこの子。そのくせ、トボけて首なんて傾げるからその姿にやられちまう俺は末期かもしれねぇ。否、こいつに出会った時点でアウトだ。一目惚れってやつァ、なんというか特別で、最初の強烈な印象が頭から離れなくて困っちまう。

「看板娘は笑顔がチャーミングなんだけどなあ」
「ん?」
「お前のあの笑顔は反則だったもん。痔の痛み超えちまったもんアレ」
「ああ、デレデレだったもんね銀ちゃん」
「あの頃の俺に言ってやりてぇ…!団子屋の看板娘の本性は鉄仮面だぞバーカって」
「私を非情な人間みたいに言わないでよね。人並みに笑ったりはするよ、口の端上げるくらいならするもん」
「それは楽しいとき?」
「いや、どーでもよくてついつい笑っちゃったとき」
「やっぱお前に人並みの感情なんてねーわ」

失礼だねぇニートマンは。そう言って口の端を微かにあげたそいつは、俺のことをどうでもいいと思っているらしい。それからグラスに幾つも張り付いた雫を指で掬って弾く。それが様になるからこいつはムカつくんだ。こいつのそんな姿に何人も男が騙されてきたんだろう、ご愁傷様だ。まあ、キラッキラなスマイル全開に惚れる男が圧倒的に多そうではあるが、俺もそのクチだから馬鹿にはできない。

「あーあ、雨降っちゃいそうだね。飯田さん一人で店仕舞いできるかなあ」
「じいさん、手伝い雇ってねぇのかよ」
「あのひと気前はいいんだけど、無愛想だからね。なかなかバイト生が寄り付かなくって」
「へぇ、そんでお前か。似たもん同士ってやつ?」
「気を遣わなくていいし楽だよ」
「ふうん」

愛想を仕舞い込んだ女は、世の中に面白いもんなんて無いんじゃないかってくらい無表情だ。けど、頭ん中はちゃらんぽらんで拍子抜けする。一目惚れつーのは厄介なもんで、店の看板娘の笑顔にやられた俺は、そのギャップに心臓を掴まれた。そりゃもう潰れそうなくらいには強めに掴まれている。

「銀ちゃんも一緒にいて楽だよ。みんなの想像通りに和かに生きるのって案外疲れるんだから」

考えてみりゃ俺の周りには表情筋ってやつを無下にしている奴が多い気がする。ほら、マヨ方なんて良い例だ。あいつ、いっつも無表情でマヨ掛けまくってんだから病気だと思う。あとサド王子とか。あの無表情でスゲェこと言ってくるもんだから、世の中いろんな奴がいるもんだ…よりにもよって真選組の野郎ばっか頭に浮かんで、かき消すように目の前の女を見る。げ、笑ってらァ。

「んだよ。その微妙な笑い方やめて怖いから」
「銀ちゃん見てると飽きないよね」
「…なにが?」
「私でいろいろ想像するのは他と変わらないんだけどさ……なんて言うか、期待してこないから嬉しい」
「なんだそれ」

呆れたような表情を作ってみれば、掬ったグラスの雫をこちらまで飛ばされる。それから俺の大事なパフェに刺さったスプーンを奪い去り、パクリと一口。

「甘い…銀ちゃんみたい」
「、そうかよ」
「ん?何も照れてんの」

笑いもしないし無愛想で頭んなか空っぽな女だけど、そんな奴の偽の顔に惚れた俺はどうしようなく呆れた野郎だ。それでも、そんな女の一言に改めて心臓を鷲掴みにされて幸せだなんて思うから、俺もなかなか単純な野郎だと思う。この女に恋愛特有の甘さなんて期待はしない。しかし、こいつが時折口にする言葉があればそれでいいかもしれない。

「やっぱ好きだなァニートマン」
「最後のおかげで台無しだ」

一目惚れって奴は強烈だ。無表情で放った言葉ひとつで、あのキラッキラな営業が脳裏を過るのだから。数秒後、奪った唇からはほんのりパフェの甘さが伝わってきて、無表情なこいつには似合わない甘さになぜか安堵した。医者には糖分は控えめになんて忠告されているし、こいつくらいが俺には丁度良いかもしれない、なあんて。
モドル

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