低く落ち着きのある声。
優しい響きなのに芯があり、よく声の通る話し方。
わかりにくいポーカーフェイスだけれど、繊細な振る舞いからは人の好さが隠しきれない。
私は、紳士的なその人に恋をした。

「銀さん、どうしよう。私、一目惚れなんて初めて。」
「…一目惚れってどういう意味でしたっけ?新八くん。」
「…どうやらなまえさんの言う”一目惚れ”と僕たちが知っている”一目惚れ”は意味が違うようです。」

どうしようもなく膨らんだ恋心を持て余してしまった私は、万事屋を訪れた。
銀さんに恋愛相談なんて蟻に仕事を紹介してほしいと頼むようなものだが、それでもその顔の広さは馬鹿にできない。
長谷川さんが定職に就くくらいの確率で的確なアドバイスが貰えるかもしれない。
その可能性に賭け、私は万事屋の皆に一目惚れしたことを相談した。

「なまえはなかなかワイルドな趣味をしてるナ。男はやっぱり包容力アルか?」
「いやいやいや。お前何言ってんの。包容力なんてレベルじゃねーよ。ベアハッグだよ。絶対ロビンマスク並みのタワー・ブリッジ習得してるよあの人。なまえのほっそい背骨なんて悪行超人より簡単に粉砕されるって。」
「物理的な抱擁の話じゃないでしょう…でも、まあ、確かに抱き締められなんてしたら命に関わりそうですけど。」

人が真剣に相談を持ち掛けたというのに、やはり銀さんはまともに話を聞いていないようだった。
超人タッグ編の話を始めた銀さんに話を聞いてもらう意味はないだろうと判断し、私は新八くんと神楽ちゃんを見た。

「新八くんと神楽ちゃんはどう思う?」
「どうって…好みは人それぞれですけど…本当になまえさん、あの人に”一目惚れ”したんですか?」
「うん。人生で初めての”一目惚れ”だったよ。」

なぜか恐る恐るといった風に尋ねてくる新八くんに、私は自信をもって答えた。


先日、私は外出中に通り雨に合った。
どこかの軒下で雨宿りするべきか、それとも着物が乱れることを覚悟で走るべきか。
悩んでいる私に声を掛けてくれたのが彼だった。
『雨宿りしていかれませんか。』
そう言って、自分の店先から私を手招きしてくれた。
お礼に何か買っていった方がよいかと品物を見せてもらおうとすると、彼は笑顔で私の申し出を断った。
濡れた身体を拭くためのタオルを貸してくれ、身体を冷やさないようにとハーブティーをご馳走してくれた。
『また遊びに来てくださいね。』
彼の無償の気遣いは、このかぶき町ではあまりに異質に見えた。
清濁併せ持つこの町で、その振る舞いはあまりに紳士的だったのだ。


「なんだ。タダの茶に引っかかっただけじゃねーか。現金な奴。」
「違うわよ。声を掛けてもらった瞬間にビビッときたの。あの優しい声と雰囲気にときめいちゃって雨宿りさせてもらったの。じゃなきゃお茶までご馳走になろうだなんて思わないよ。」
「や、優しい…雰囲気…?」

極めて無礼に茶化してくる銀さんに猛然と反論すると、新八くんが奇妙なものを見る目を私に向けてきた。

「そういえば回覧板渡しに行っただけで、私たちにご馳走してくれようとしたことがあったネ。」
「バカヤロー。アレは俺たちがご馳走に”される”ところだっただろーが。」
「やっぱり。すごく丁寧で優しい人なのね。」
「なまえちゃん?俺の話聞いてた?」

また一つ、彼の素敵なエピソードを聞けたことに嬉しくなり、私は神楽ちゃんに詰め寄る。
私の知らない彼の情報をもっともらえないかと頼むと、神楽ちゃんは腕組みをして思案し始めた。

「案外怖がりヨ。肝試しに来てびくびくしてたアル。」
「あんなに身体は大きいのにそんな可愛らしい面もあるの?素敵なギャップだわ。」
「そういえば銀ちゃんと新八は銭湯で会ったことがあるネ。」
「ああ…あったね、そんなことも…。」

遠い目で何かを思い出している新八くんに、私は飛びつく。

「まあ。天人なのにこの国の文化にしっかり馴染んでるのね。柔軟な価値観と社交性も持っているだなんて懐の深い人だわ。」
「社交性…。まあ、確かに地球に来た家族に江戸の案内をしていましたね…。」
「家族思いね。素敵。どんなご家族だった?」
「確か5人兄弟の長男だそうで、弟さんが四人と甥っ子、お父さんがいっしょでした。」
「玉袋オヤジな。」
「長男…。だからあんなに面倒見がいい優しい人なのね。」

長男ということは彼と一緒になるようなことがあれば、私は彼の家に嫁ぐことになるのか。
世間では嫁と姑がどうのという諍いが絶えないために結婚相手として長男を敬遠する女性もいるというが、あの優しい人の家族ならばそんな心配もないのだろう。
私は、しばし幸せな夢想に浸った。

「なまえちゃんよォ。ちゃーんと現実見ろよ。あの一族はローションが弱点だぞ。ローションプレイできねェんだぞ?」
「ローションって…銀さん。あんな紳士にそんな下ネタばかり振ってるの?地球の人間が銀さんみたいな下品な人ばかりだと勘違いされたらどうするのよ。最低。」
「ローションが使えないってかなり致命的だぞ。あんな暴れん棒をローションなしで銜え込めるわけねーだろ。がばがばになるぞ。」

そうなる前に使わせろ、などと下劣なことばかり言う銀さんに軽蔑の眼差しを向けると、新八くんがおずおずと口を挟んできた。

「あ、でも、確か甥っ子が早めに湯船から上がろうとしたら鉄拳制裁していたような…。」
「ほら!ヤベーよお前。DVとかいうレベルじゃねーから。瞬殺だぞ。ロビン流アイス・ロック・ジャイロきちゃうぞ。」
「優しいだけじゃなくて躾に対する厳しさも持っているのね。立派だわ。」
「アザラシが泳いでそうな冷水に突っ込まれた挙句天井にぶっ刺さることになるんだぞ。躾じゃなくて拷問だから。超人オリンピックが毎晩開催されるぞ。」
「あの逞しい肉体美と一緒にお風呂…。どうしよう、私もう少し痩せた方がいいかな?」
「銀ちゃん…もう諦めるヨロシ。」

恋する乙女には何言っても無駄ヨ。
神楽ちゃんの言葉に私は深く頷いた。
そう。
今の私は、まさしく恋する乙女。
生まれて初めての一目惚れは、目の前で煌いた流れ星のようだった。
心の準備をしていなかった私は慌てて願い事を唱えようとするが、具体的な願いが浮かぶ前に星は去ってしまう。
私は今、必死に流れていった星の残像を探しているのだ。
あの人の情報を必死に集め、彼を追う手掛かりを探すことに躍起になっている。

「なまえ。よく考えてみ?優しくて面倒見が良くて逞しい肉体の持ち主で、だけどお化け屋敷がちょーっと嫌いなギャップ萌え要素も持ってて、クソ生意気なガキをビシッと叱れる厳しさを持ったイケメンが身近にいるじゃねーの。」
「…?………あ…!!」
「そうだ。そういう身近な人間に目を向けるところから始めなさい。ほら、目の前にいる銀さ」
「お妙さん…!?」
「なんでだァァァ!!」

確かにお妙さんは魅力的な人だ。
優しさと厳しさ、可愛らしさと強さを兼ね備え、お化けを怖がる繊細さもある素敵な女性だ。
しかし、私はレズビアンではない。
私が恋したのは、男性的な色気に溢れたあの人なのだ。

なおも何事か言い募る銀さんを捨て置き、私は万事屋を出ることにした。
新八くんと神楽ちゃんから彼の新たな魅力を聞けたことは大きな成果であったが、恋愛相談は十分にできなかった。
私は情報収集だけでなく、相談するに適した人を探すことにした。

***

目が合うとどきりと心臓が高鳴る。
名前を呼ばれると落ち着かない。
あの優しい眼差しが私に注がれていると考えるだけで、切ないくらいに胸が痛む。
なのに、ふわふわと足元が浮つくような幸せを覚える。
このときめきの正体は。

「不整脈でさァ。早く医者に掛かりなせェ。」
「違ェだろ。心臓じゃなくて眼の方を診てもらうべきだろ。」

私は真選組屯所を訪れた。
やはり恋の相談はモテる男にするべきだろう。
幸いにも私を出迎えてくれたのは、真選組でも一二を争う色男たちだった。

「いやあ、わかるなあ。恋というものは常に人を落ち着かなくさせる。痛いくらいの恋心、よくわかるよ。」
「いや、アンタはもう少し落ち着いてくれ。毎日物理的に痛い目に合ってるんだから。」

土方さんのぼやきも耳に入っていないのか、近藤さんは豪快に笑いながら私の恋愛相談を受けてくれた。
荼吉尼族特有の逞しい身体を持つ彼と、ゴリラと名高い近藤さん。
あの優しい人とストーカーとしても名を馳せる近藤さんでは、紳士レベルに天と地ほどの差がありそうだが、肉体美という点では共通するところがあるのかもしれない。
何かヒントを貰えないだろうかと、私は近藤さんの言葉に何度も頷いた。

「そういやあ精神疾患を持ってる患者も常に動悸がするらしいですぜ。なまえさんもそのクチじゃないですかィ?」
「精神疾患なんて失礼ね、沖田さん。私は大真面目よ。」
「そうだそうだ!総悟。恋というものは常に人を馬鹿にするんだ。そういうものなんだ。」
「365日バカやってる自覚はあったんだな…。」

呆れたように大きなため息を吐いた土方さんは、懐から煙草を取り出す。
伏し目がちに銜えた煙草に火を点けるその動作を、私は思わずじっと見つめた。

「…なんだ?」
「あ、いえ。男の人のそういう指の動きって色気があるな、と思って。」
「は、ハァ!?」

土方さんは、火を点けたばかりの煙草をぽとりと落とした。
運悪く胡坐をかいた脚の上に落ちてしまったらしく、熱ッ!と叫んだ。

「…何動揺してるんでさァ、土方さん。アンタ、たった今失恋したばかりでしょうに。」
「え?土方さん、失恋したの!?土方さんを振る女なんているの!?」

衝撃の事実に思わず私まで叫んでしまうと、沖田さんは面白くてたまらない、という顔で土方さんを見た。

「それがいるんですよ。そんな女が。まあ、でも仕方ねェよなァ?よりによって恋敵があの強面じゃ。初対面からビビり倒しちまった相手なんだから、土方コノヤローが勝てるわけがねェ。」
「…沖田くーん?ちょっと黙ろうか?つーかテメーだって奴らのお礼から逃げようとしてたじゃねーか。すっ転んで失敗してたけど。」

何か言おうとする沖田さんの胸倉を掴んで、土方さんががくがくと揺らしている。
私には聞こえないくらいの声量で言い争っている彼らに首を傾げると、近藤さんが感慨深そうに頷いていた。

「恋に障害は付き物だ。トシ、お前もそれくらいで折れてたら捕まえられるものも捕まえられないぞ。」
「近藤さんに恋愛指南されたくねーんだけど。つーかアンタは折れなさ過ぎてウザがられてんだろーが。」

相談に来た私を蚊帳の外にして、3人がわーわーと騒ぎ始めた。
私はただ、花を扱うあの人の繊細な指から漂う色気について聞いてほしかっただけなのに。
どうして私の周りには、話をちゃんと聞いてくれる人がいないのだろうか。
ヴィダルサスーン派かティモテ派かという謎の論争を始めた3人を放っておき、私は屯所を後にした。
誰も彼も、私にまともなアドバイスをくれない。

***

一体、どうやったら彼に近付けるのだろう。
どうすれば、彼と恋仲になれるのだろう。
ぐるぐると私の中で駆け巡る悩みは、ひたすら私の頭を重くした。
足元ばかりを見ながら、答えのない問いかけをひたすら繰り返していたからだろうか。
ぽつり、と頭を濡らす感覚に気付くまで雨が降り出したことに気付かなかった。

「また、雨だ…。」

厚い雲に覆われた空を見上げると、細い水滴が音もなく降り注いでくる。
そうして辺りを見渡してから初めて気が付いた。
今私がいる場所は、万事屋の裏隣り。
つまり、彼の店の近くだ。
無意識のうちに足を運んでしまった自分に苦笑したくなる。
本当に、どうしようもない乙女思考だ。
意識していてもしていなくても、私の中は彼への恋心で満たされているのだろう。
濡れた着物が肌に張り付く不快感にうんざりしながら、私は彼の店を覗くことにした。
話ができなかったとしても、もしかしたら一目だけでもその姿を見ることができるかもしれない。
近藤さんを笑えないくらいにストーカー臭い自分の思考に呆れながら、水を吸って重くなった裾を捌いた。

「…あ。」

あの大きな身体なら遠くからでも確認できるだろうと、離れた場所から彼の店を覗こうとした時だった。
店先で植木をいじっていた彼が顔を上げた。
上がった視線は真っ直ぐに私を貫いていた。

「ああ。また会いましたね。」
「は、はい…。」

柔らかな、しかしよく通る低音が私の耳朶を打つ。
彼は笑顔で私を手招きした。

「雨宿りしていかれませんか。」

濡れた草履をびたびたと走らせながら彼の元へ行くと、暖かな笑顔で迎えられた。

「…また、いいんですか?」
「このままでは風邪をひいてしまいますよ。それに」

彼は太い人差し指をぴんと立て、雨が降り続ける空を指さした。

「雨が降るのを見ていたら、またあなたに会えるような気がしたんです。」

相変わらず表情に大きな変化はない。
しかし、その声音に、細められた目に、照れの色を見たような気がした。
可愛らしさのあるその動作に、私の胸は再び高鳴る。
ああ、やっぱりこの人が好きだ。
一時の気の迷いなんかじゃない。
知れば知るほど惹かれていくんだ、と。
そして、唐突に私は気が付いた。
今、目の前で流星が煌いていることを。

「あ、あの!」

身体を拭くものを取ってきますね、と店の奥へと入っていこうとする彼の手を慌てて掴んだ。
初めて触れた彼の手は、水仕事をしていたせいか冷たかった。
私のものとまるで違うがっしりとした骨格と厚い手の皮の感触に、彼の逞しさをリアルに感じた。
それがとても恥ずかしくて、でも幸せで。

「私のことを知ってもらえませんか。」

私は大声で言った。
一目惚れをしたあの時、私はただ茫然と煌く星に見入るばかりで何もできなかった。
願い事を唱えるどころか、願いが何かすらわからなかった。
しかし、こうして二度目のチャンスを得た今ならば、はっきりとわかる。
私の願いも、願いを口にする勇気を持つ大切さも。
人づてに聞くだけでなく、あなたの口からあなたのことを知りたい。
そして、私のことを知って欲しい。
そうやってあなたとの仲を深めたいのだと、私は訴えた。

「あなたが好きなんです。」

私の世界に突如舞い降りたあなたの存在は、まるで流星。
私は今、ようやく星に願うことができたのだ。
モドル

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