「なまえー!行くアルよ!!」
「えっ!?無理無理!絶対無理だってッ!」

女子らしからぬ雄叫びをあげながら、神楽ちゃんが私に向かってボールを投げた。無理だって言ったのに、鍛えなきゃダメアル!と言っていた神楽ちゃんの豪速球が飛んでくる。避ける暇も無いほどのスピードに、私は背を向けて目を閉じた。
しかしいつまでたっても痛みはなく、代わりに人の温もりが背中に触れた。恐る恐る様子を確かめると、私を守るようにボールをキャッチしてくれた土方くんが視界に入る。

「大丈夫か?」
「え、あ、うん…」
「おいチャイナ!てめェは男でもやっと相手出来るくらいなんだから気を付けろ!」

そう大声で叫んで、同じくらい速いボールを向こうのコートへ投げた。一瞬だけ触れた背中の熱が引かない。


○月○日(火)
今日は体育祭の練習のためにドッヂボールをした。私が取れないと思った時、土方くんが代わりにボールをキャッチしてくれた。その後ろ姿がかっこよかった。


私は寝る前に、日記を書くのが習慣だ。毎日が騒がしい3Zは、一日の出来事を振り返りるのもとても楽しい。今日の分を書き終えて、頬杖をつきながら、都会の明かりが輝く景色を窓越しに眺める。
球技大会の実行委員として一緒に過ごす時間が増えた、クラスメートの土方くん。最近好きだと気が付いた彼について考えながら、パラパラと過去の日記を遡っていた。

すると土方くんにされて嬉しかった事、体育で活躍した土方くんの事、風紀委員で真面目な彼の事ばかり記してある。これじゃ、ストーカーみたい。近藤くんが頭に浮かんでギョッとしたが直ぐに、毎朝靴箱で会うたびに、おはよう、と挨拶してくれる土方くんの姿に脳内が切り代わり、私の部屋は浮かれた春の陽気に包まれる。
出来心で、ノートの隅に相合傘を書いた。もちろんその傘の下には、私と土方くんの名前。ハートの中をピンク色に塗りつぶしながら、たまに見せる彼の笑顔を思い出す。

「なまえ?まだ起きてるの?」
「わっ、お母さんっ!?もう寝るから大丈夫っ」

突然開いた扉に驚きながら慌ててノートを閉じた。母が扉を閉めるまで待ってから、日記を大切に鞄に仕舞い眠りにつく。明日は、いよいよ体育祭だ。


***


「おはよう」
「あ、土方くん!おはよう」
「おう」

靴を仕舞い、上履きに履き替えていたとき、後ろから声がかかった。まだ少し眠そうな土方くんが可愛くて思わず笑ってしまう。何で笑ってんだよ、とわかりやすく不機嫌になるところも更に。
朝から会話が出来る事を嬉しく思いながら、今日は優勝出来るといいねと教室へ向かう。しかしその途中、「十四郎くんっ」と駆け寄る可愛らしい子に会話が遮られた。

「ちょっと、いいかな…」
「あ?別にいいけど」
「あの、出来れば2人きりがいいな」

きっと後夜祭のフォークダンスを一緒に踊って欲しいとか、そんなんかな。土方くんは、あまり女の子と関わりがあるように見えないけど、やっぱり男の子だし、あんな可愛い子に誘われたら頷くかも。
そう思うと何だかもやもやして、待ってろと言われていたにも関わらず、その場を後にした。

何と無く卑屈になって、一生の思い出になるはずの最後の体育祭も楽しめず、優勝したというのにちっとも嬉しくない。もし土方くんがあの子と後夜祭に出ていたらと思うと嫌で、後夜祭も出ずに教室を後にした。

日は暮れかけ。ピンクとオレンジと赤が混ざったような空が綺麗だ。写真を撮って日記に貼りたい。そう考えた時に、日記を教室に忘れて来てしまったことに気が付いた。
今の時間なら、後夜祭も終わったに違いない。そう考えて私は学校への道を引き返す。



数十分かけて戻って来た教室。ここに来るまでに誰ともすれ違わなかった事を考えると、もう後夜祭は終わったらしい。

「あ……」

だけど教室のドアを開けて気がついた。誰もいないと思った教室には、土方くんがいる。それも、見慣れない道着姿で。

「…なんだ、お前か」

ドアを開ける音に少し驚いたのか、私を見てホッと一息つくようにため息を吐く。

「もう帰ったんじゃなかったのか?」
「ちょっと、忘れ物しちゃって…」

汗ばんだ首元、鎖骨、血管の浮き出る腕が目に入り、慌てて視線を逸らす。体育祭の後だというのに剣道の練習をしていたらしい。逞しい彼を直視出来ず、不自然にそっぽを向いたまま自分の机の中から日記を取り出した。

お疲れ様、と土方くんに一言だけ声を掛けて、早々に立ち去ろうとスクールバックを肩に掛け直す。うまく笑顔を浮かべられたかわからないけど、これ以上この場にいても気まずくなるだけだ。

「わ…っ」

早く帰ろうとばかり考えていたせいか、一番後ろの机の角に腰をぶつけた。その鈍い痛みと衝撃で手に持っていた日記が落ちる。パサッと音を立てて落ちた日記帳の数ページに折り目がついてしまい、折角大事にしていたものに傷をつけられた喪失感で小さくため息をついた。

「おい、大丈夫か?」
「あ、うん!平気平気!」

いつの間にか私の真後ろにいた土方くんに驚きながらも、日記を拾おうとその場にしゃがむ。
しかしそれよりも早く、手を伸ばした先の物が彼に拾い上げられて、その素早さに不意をつかれた様な声が漏れた。

その拾い上げた日記を見て、ん?…土方…?と眉間にシワを寄せる彼。それは他人に見せられる物じゃなくて、取り返そうと土方くんの手元へ手を伸ばそうとしたその時、さらりと告げられた言葉に、私は文字通り固まった。

「お前さ、俺の事好きなの?」
「ぇ……?」

そこで、自分が日記に何を書いていたのか鮮明に思い出す。そしてそれを見られてしまった事、好きなのかと本人に聞かれた事実に、皮膚が熱を持った。

「え…っと、ち、違…」
「へぇ……?なら、なんでそんなに顔が赤ェんだろうなァ」

途端に見たことのない意地悪な笑みを浮かべながら、逃げ腰な私の方へと距離を詰める。条件反射でジリジリと退く私は、後ろのロッカーにまで追い詰められた。
なんか、違う。私が好きになった土方くんはもっと爽やかで、不器用そうで。こんなに自信に満ち溢れた顔なんてしていなかったのに。

至近距離で見つめられる恥ずかしさに、私はヘナヘナとロッカーに背を預けて座り込むが、土方くんもそれを追いかけるように私の視線に合わせてしゃがむ。結局、顔と顔が近いことに変わりはない。

もうきっと、自分が好意を持たれている事をわかってる。そんな顔だ。それじゃあ明日から、私はどんな顔をすれば良いんだろう。すぐに振られた噂が広まったり、冷やかされたりするのかなぁ。
そんな不安ばかりが駆け巡る中、優しい声が耳元に落ちてくる。

「なまえ」
「は、はいっ?」

声色は優しいものの、いつまで経っても目を合わせない私には痺れを切らしたのか、グッと顔を持ち上げられて、2人の視線が絡まった。それからはスローモーションのように、目の閉じられた土方くんの顔が近づいてくる。
あ、キスされる。
他人事のようにそう思った時、まるで映画のワンシーンの様にピタリと唇が重なった。優しく、穏やかで、初めてのキスなのに心地よいとさえ思った。

「……俺は、お前のこと好きなんだけど」

土方くんの顔が赤く染まっているのは、窓から差し込む夕日のせいか。2人きりのこの空間に、自分の心臓の音が大きく響いている。
一秒先の未来に愛を乗せて、私は口を開いた。
モドル

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