きっかけは、些細なことだった。
それこそ多分、他の人間だったら気付かないくらいの。
「ニクス、」
「……あ?」
ベンチに座って、ぼんやりと。でも上の空なわけではなく、しっかりと。普段からこいつに宿っている何か諦めたような色を濃くした視線をゲームに没頭するエリカに送っているニクスが、ふと自分に重なった。
振り向いたその鋭い瞳から、いつもの覇気が少しだけ、消えている。
(間違い、あらへん。ニクスは、エリカに)
…あれは、自分が時々こっそりあのひとに向ける視線と同じだ。無理なことはわかってる、わかってるしあのひとの幸せを壊したくはない。邪魔したくはないの、だけど。
そうやって、理解と納得の狭間で揺れる眼、なんだろう。全てを諦めたつもりなのに、どこかにまだ引っ掛かって取れない、言わば未練がましい、眼。希望なんて、欠片も無いのに。
「なんだよ、話し掛けといて」
「…や、なんでもあらへんよ。堪忍な」
叶えられん恋って、苦しいなぁ。
呟いた声は、ゲームセンターの喧騒の中確かに、ニクスの耳に届いたんだろう。
何か言いたげに開いたそいつの口から結局言葉が発せられることはなくて、また顔を反らされてしまった。
(吐き出した紫煙の向こうに霞んだ、弱々しく揺れた瞳がまた、自分に重なる。俺も、こんなに弱い眼を晒してしまってるんだろうか)
***
090829