TEXT log bkm top

心臓に口付けひとつ





探索から戻ったフリオニール達の麻袋から転がり出た、見覚えのない臙脂の果実。柘榴だよ、と微笑むセシルに、ふうん、と。生返事をしつつひとつ、その実を手にする。
柘榴、ざくろ。うん、やっぱり知らない。



夕飯を食べて、一段落。そんなだらけたというか緊張感のない夕暮れ時を、程よく気持ちのいい風が撫でていく。しっかり茂った木々を、ざあ、と。柔らかい波みたいに揺らした風は、ラグナのまっすぐな髪を散らしてどこか遠くに行ってしまった。
もう少ししたら必要になる焚火の明かりとはまた違う、柔らかい赤さで照らし出されるラグナは、さっきから見慣れないデザートをさも楽しそうに弄り倒している。

「変な果物だなー、ほら見たまえヴァン君、このつぶつぶ!」

到底オレより年上には見えないはしゃぎ方をするそいつの隣、短い草の生えた地面に腰を降ろして、割った表皮から覗く紅玉のような粒を幾つか口に含む。案外しっかりと硬さをもって舌を押し返す味のしないそれを転がしてから、粒をゆっくり潰した。
途端に広がる、酸味の強い果汁。…酸っぱい、けど香りはいいな。うん、中々悪くないかもしれない。この事前に取り除くわけにもいかない、いちいち存在感のある種さえなければ、もっと。
内心ぼやきながら口に含んだ粒と同じ数の種を吐き出せば、傍らのラグナがオレと同じように口に残る異物を吐き捨てる姿が見えた。すっぱ!なんて口をすぼめてはいるけれど、ラグナもこの果物を気に入ったらしい。再び宝石みたいな粒を掌に乗せ、口に流し込んでから瑞々しさが喉をこくりと揺らして通り過ぎるところまでをただ、眺める。
視線はその、しっかり張った喉を捉えたままオレも、また小さな粒を口に含んでそれから、さっきより少しだけ強く果汁の詰まったその表皮を歯で破いた。

『そいえばさ、知ってるか?』

じっくり、酸味を味わいながら脳裏に過ぎる、夕食前にバッツと交わした会話。

『なにを?』
『いや、この果物なんだけど、』
『うん』

それは食後だからな、つまみ食いは駄目だぞなんて目敏く注意を飛ばすフリオニールを横目に、まだオレには未知のそれである果実を麻袋から取り出し両手の平で転がすバッツの顔はどこか、楽しげで悪戯めいていた気がする、ような。

『ひとの血肉と同じ味がする、なんて言われてる国もあったりするんだぜ』
『……はぁ?』

きっと。
ホントなのかな、なんて笑ってたバッツは、いつかの旅の道中で耳にした少し趣味の悪い、要らない知識をネタにからかうつもりだっただけなんだろう。オレにちょっと困った顔をさせて(実際してた気がするし)、その間の抜けた表情を笑いたかった。それだけ。
多分もうそんな話題が出ることはないだろうし、もしかしたら明日には張本人のバッツは話をしたことすらころっと忘れているかも知れない。けれど。

「……ラグナ」
「ん?どうした、ヴァン」

ほら。オレがラグナを呼ぶと、こうやって子供にするみたいに頭を撫でてくれる腕を…食い破ったら。オレの名前を呼ぶ唇を、その向こうの意外と柔らかい舌を噛みちぎったら。
この真っ赤な果汁と同じ味が、口いっぱいに広がるんだろうか、と。バッツがフリオニールに追い立てられる背中を見ている間も、ラグナと並んで夕食をとっている時も、それから今も。バッツの冗談が、冗談でなくなりながらオレの中をぐるぐる巡っている。

「別に、なんでもない。呼んだだけだけだ」
「んん?ん、そうかそうか」

嘘。
なんでもなくなんて、ないよ。
あんたの肉の味を、血の香りを、想像してる。
こんなこと考えてるんだけど、なんて伝えたらラグナは怯えるのかな、笑い飛ばすのかな。実際にやったら怒るんだろうか、泣き喚くんだろうか、それとももしかしたら笑って許してくれたりする、かも。
興味は次から次へ、尽きる気配はない。
…興味、そう、興味だ。ラグナを食べたいと思うのはきっと、ただ単純な興味。
ラグナに自分の血肉になって貰って文字通り一生一瞬たりとも離れずにいたいとか、オレ以外の奴と話したり触れ合ったり出来ないように胃に収めてやろうとか、そんなアブノーマルにも程がある願望はカケラもない。ましてや、ひとを食べる趣味なんか、もちろんない、のに。
ラグナの皮膚の肉の筋の臓の、味を知りたい、なんて考えてしまうのは。

「……ン君、ヴァンくーん?」
「──…うん?え、なに、ラグナ」

多分、うん、そうだ。それだけラグナが好きだから。
好きなひとのことをもっともっと知りたいから。に、他ならないんだろうと思う。

「さっきからなにぼんやりしてんだ、ん?なにか悩み事かな青少年!それともお腹いっぱいかね、それなら、」

一度見つけ出してしまったその案外単純な理由は、胸の中にすとんと落ち着いた。
なんだ、簡単なことじゃないか。

「オレがその残ってるざくろ、貰ってあげようか。なんてな冗談だって、若者は沢山食べなきゃ駄目だぞ、うんうん」

ラグナは、やさしい。いつも、きちんとオレがこうだからこうしたいって話せば最終的にはきっと、わかったって、仕方ないなって言ってくれる。恋人になったときも、抱きしめてキスをしたときも、初めて抱かせて貰えたときだって。
だからきっと今回も、ちゃんと頼めばもしかしたらなんてこともなくはない、けど。
(とりあえず、今は。)
得意そうに頷く顎に添えられた手を掴み、腕ごと体を引き寄せる。うおっ、なんて間抜けな声が聞こえたけれど、握った果実を落としたりはしていない。そういえばラグナ、食べ物粗末にするのはいけないってよく言うもんな。なら、オレも。
幾つかの粒を抜き取ってから、視線もやらずに太股の上に実を転がす。意識のどこか端の方で、服の向こう側のころんとした重さを感じた。
目の前の酷く無防備な首筋にくちづけてから、一舐め。引き攣れた色気のない悲鳴を無視して、柘榴の粒をその首筋に押し付けながら爪先で、表皮を破いた。
漏れ出た果汁は首の凹凸を伝い、少し土埃に汚れた白いインナーを薄赤く染める。

「え?ええ、待ってヴァンどこでスイッチ入っちゃったの、まだ暗くなってないよっていうかおじさん食べ物でごにょごにょみたいなのはちょっと!」

頭上からなにやら勘違いめいた慌て声が降ってきたけど、これも無視。
日に焼けた皮膚に柔く歯を立てて、口の中にじんわり広がる柘榴の味は、馴染んだラグナの匂いとゆっくり、ゆっくり混ざっていった。
(今は、まだ偽物でいいから。)


***




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -