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please feel pity





※12回目の戦い






縫い付けられているのではないか、と錯覚するくらい、重い瞼を持ち上げる。
瞼に遮られた暗闇から解放された視界が捉えたのは、やっぱり暗い空だった。
覚醒したばかりで霞がかった意識のまま、ふと、考える。ここは、何処だ。俺はなんで眠っていたんだろう。声には出さず己に問い掛けるそれに答えてくれる声なんて、当然存在しないのだけど。
そもそも俺は、ここ以外の場所を知っていただろうか。覚醒するのはこれが初めてだったりはしないだろうか。つまり、生まれたばかりなんじゃないか。そう思わせる程に何の記憶も情報も、自分の内にはない。
夜空(か、どうかはわからないが暗い空)をぼんやり眺めながらからっぽの心に非生産的な自問自答を繰り返していたら、空しかなかった視界の端に、金色か揺れた。視線と、ついでに首も少しだけそちらに向けるとそこには全身を金色に包んだひとが。さっき視界で揺れたのは、あの鎧か、それとも長い髪だろうか。

「目覚めたか。貴様、名は?」

低いわけではないけれど、地を這うような、声。耳の痛くなりそうな静寂を破ったその音は聴覚に伝わり、連なる音から単語ひとつひとつに分解されてから文章として、再構築される。そこまでいって漸く、俺は何か、あのひとにたずねられたのだと。そう、気付いた。
何を、名前を。名前、名前……投げ掛けられた問いをそのまま自身へと繰り返していたら、いつの間にか口に出してしまっていたらしい。なまえ、と、僅かに零れた音に金色が、頷いた。

「……ティーダ」

不透明にも程がある思考の中にふと、浮かんだ単語。無意識のうちにそれを声に出し、その声を自分で聞いてやっと、それが自分の名前であることを知った。いや、思い出した。そうだ、俺はそういう名前で呼ばれていた。誰に、かは知らないが。意識の向こうで名前を呼ぶ声の主を探そうとすると、頭が鈍く痛む。
でもまずは、これで俺が生まれたてじゃない確証が出来たと思う。他のことも思い出せないだけなんだ、多分。
かつん、と遠ざかる硬い足音につられ体を起こすと、周りには淡く輝く水晶と、やはり水晶で出来た床がぼんやりと無機質に、広い空間を満たしている。その向こう、足音の主の金色の行く先には冷たい色をした、大きな椅子。そのひとがマントを翻して腰掛ける様子を、座り込みながらただ眺めていた。ああ、頭が痛い。

「さて、ティーダ。まずは少し説明をしてやろう」

一度で理解しろ、頬杖をつきながら面倒そうに話す声に、今度は俺が頷く。と、同時にそのひとの手元に長い杖が現れる。その杖もやっぱり、どこか威圧感のある金色をしていた。
手元を離れて宙に浮き、そのひとの僅かな指先の動きに合わせてふわり、ふわりと虚空に描かれる幻を眺めながら淡々とした説明を、淡々と記憶する。神様の争いのこと、色々な世界から呼ばれた戦士が神様の下で戦っていること、俺も例に漏れず神様の戦士として、駒としてどこかから呼ばれたこと。ひとつひとつ、ちょっと時間をかけ噛み砕いて記憶する度にまた、頷いて見せる。
ここまでは理解出来たか。抑揚も感情も篭らない声に頷くと、それまで横一戦だった綺麗な唇が一瞬ほんの、本当にほんの少しだけ弧を描いたように見えた、気がした。

「ではこれで、最後だ…来い」

実は体が酷く怠かったのだが、一度だけ緩慢に手招きするその長い指の動きに、逆らう気は不思議と起こらない。立ち上がり、覚悟していたよりは遥かに軽い足取りで大きな椅子、多分玉座に。未だに思考が霞がかっているせいか多少ふらつきつつも、出来る限りはやく歩み寄る。
遠目からでもそうだったが、間近で見て改めて、このひとは綺麗だ、と思った。作り物みたいに、髪も、眼も、いや、このひとを形作るなにもかもが。そんな不自然な人形のような容姿に見とれていた、曖昧な思考は整った唇から吐き出された、たった一言に一瞬で破られる。
今までの言葉みたいにかみ砕いて反芻しなくても、脳を揺さぶる言葉…誰かの名前。

「ジェク、ト……」

「そうだ。その男をお前は、知っているな?」

そうだ、知ってる。そのひとの、髪も顔も声も豪快な笑い方も!
堤防が決壊するみたいに溢れてくる記憶と、比例して大きくなる胸騒ぎに耐えられなくて、混乱が止まらなくて、堪らず玉座の足元にしゃがんでえづくがなにも吐き出せない。口から零れたのは、僅かな唾液と情けない声だけ。なんだ、この感情は、なんなんだ。
苦しくて苦しくて、素肌が剥き出しになっている胸を掻きむしりながら縋るようにこの場にいる俺以外の唯一を見上げようとした首の動きが、見上げるはずだった先から伸ばされたてのひらによって、止まった。強い力で押さえ付けられたとか、そんなわけじゃないけど。寧ろその手は優しさすら感じるくらいやんわりと、俺の髪に、頭に触れているだけ、なのだけど。
そのてのひらがゆっくり動いて、つまり、俺を撫でてくれていて。そう理解すると同時に混乱していた筈の心が、穏やかに凪ぎはじめているのに気付く。

「哀れな、」

そう、だ。俺、誰かにこうやって。撫でて、貰いたかったんだ。その誰か、が、目の前のこのひとなのかも知れない。こんなに優しくしてくれるんだから、きっとそうだ。
目の奥が、ツンと痛む。喉もなんだかおかしくて、しゃくりあげそうになるのを必死に我慢した。そういえば、もう頭は痛くない。

「そんなに苦しむ程、貴様はあの男が憎いのか」

あの男。その言葉にさっきの胸騒ぎの名残が、ちりりと疼く。そっか、あの溢れて止まない感情は、憎しみなのか。
手袋越しのてのひらの感触と、このひとが発する言葉が明確な形を伴って、俺のなかに落ち着き始めた。

「哀れ、だな」

繰り返された呟きと同時に頭を撫でる手が離れていく。駄目だ、もっと、お願いだから。もっと、俺に触れていて。俺をひとりにしないで。

「今の貴様では、その憎しみを晴らせない。私が力を貸してやれば叶わぬ願いではない、が…その代わりに、」

見上げながら縋るように、一番手近にあったそのひとの、一部。滑らかなマントの端を掴み、頷く。頷けば、この焦れったいような、いや、実際に焦らされているのかもしれないけど。その言葉の先を、話してくれる気がしたから。
話して貰って、全部を俺が理解したらまた、あの手で、俺を。

「私の、皇帝の駒になれ。良いな?」

こくこくこくと馬鹿みたいに頷いて全部を了承してみせて、更に皇帝サマ、と半ばせがむように小さく口にして漸く、待ち望んだ通りにてのひらがまた頭に触れる。
いい子だ、とそう呟く皇帝サマの相変わらず感情の篭らない声を聞きながら俺は、目覚めて初めて心の底から微笑んだ。


***



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