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The commonplace end .





普通の施設とは違いスタジアムの丈夫に造られた壁に嫌という程叩き付けられ、押し潰された肺からひゅるりと情けない空気が漏れ出した。間を置いて元に戻ろうとする肺が多量の酸素を取り込み、思わず激しく咳込む。苦しい。滲んだ涙のせいか、一瞬ファインダー越しの視界が歪んだ。
引き攣る喉を無理矢理宥めながら立ち上がると、漸く元に戻り始めたまだ完璧に鮮明ではない視野の向こうに長いコートをはためかせる姿を確認する。ああなんであの野郎、俺がここに来てからまだ一歩も動いてないんだおかしいだろ。俺の体当たりは多分ビルだって楽に崩せるんだぞ。なのにあんな長い間牢屋にぶち込まれていてまともなトレーニングもしてない野郎ひとり動かせないんだふざけるな!
視覚に意識に筋力に、なにもかもに鞭打って未だ涼しい顔をしているジェイクの元へと駆け出す。何度目かはもう、忘れた。

「うおおおおおお!!」

腹の底から唸りを上げ、力を込め、身を屈め、相手の懐を目指す。生身の人間相手にこんな戦い方をしたのは正直、初めてだった。さっきも思ったがこの技術を結集させたスーツと、俺の力が合わさればビルでさえも破壊できるのだ。普通の人間なら逮捕云々以前にまず即死するだろう。そう、普通の人間なら。
生憎普通の人間ではない相手にまた、反撃をされたと気付いたのは全身に走る痺れるような衝撃を感じながら、宙に情けなく放り出されてる時だった。まあ確かに普通の人間相手ならこんな、孤独に戦わなければいけない状況になんてならないか。そもそもこれは戦いなのか。こんな、俺が一方的に遊ばれているだけの、これが。
それでも。悲鳴を上げる健に力を込め、踏み止まる。砂埃が積もり不規則に崩れたコンクリートのフィールドは、俺が攻撃を受けた時のものだけじゃあない。スカイハイがあいつと、戦った時の。脳裏にあのときの投げ出された王の姿と悲鳴が蘇り、マスクに隠された自分の表情が怒りに歪むのがわかる。
スカイハイの雪辱を果たす為にも、バーナビーの仇を捕らえる為にも、これ以上俺の後に他のヒーローをこいつと戦わせない為にも、何より俺達を応援し信頼してくれている市民の為に!俺はまだ、やられるわけにはいかないんだ。
肩で息をしながら構えの姿勢をとり、俺のスーツの中でもとりわけ丈夫に造られた肩部を正面に向ける。鋭利な切っ先のその向こう、特に構えることもなくゆらりと立つそいつを、マスクに遮られ実際には届かないながらもグッと、睨み付けた。体当たりの威力をより高める為に回転するようになっていたはずの凶器が、何かに引っ掛かったような不快な音を立てしばらく唸ってから静かに、動かなくなる。ジェイクが馬鹿にするように、小さく笑ったようだった。
舐めるな、と、音にはしないで唇の形だけで呟く。また、ジェイクが笑っていた。何がおかしい何が楽しい、何故笑っていられるんだ。終わったらメカニックに謝らなければなとは考えつつも、作動しなくなったそれを気にせず真っ直ぐに向けたまま思い切り足場を蹴り、また蹴り、突進する。両の目を見開き軋む音が聞こえそうな程に奥歯を噛み締め、目前に迫るそいつに渾身の攻撃を、





今度も躱された、というよりは返り討ちにあった。決して弱くはない力を乗せた攻撃はいとも簡単に展開されたバリアに弾かれ、向かっていった勢い以上の速さで吹き飛ばされてしまったのだ。結果、派手に崩れたフィールドに大の字で半分めりこむなんてことになっている。衝撃のせいでどうやら一瞬意識が飛んだようだ、本当に情けない。
痺れる腕を支えに体を起こす。頭にぐらぐらと揺さ振られるような痛みが響いていて、吐き気すら感じた。いっそ吐いてしまえたら少しは楽かも知れない。頭だけじゃなく、そこかしこが痛い。えづくように咳込みながらそれでも立ち上がらなければ、と、片膝を立てる。
もしかしたら、もしかしなくても、スカイハイが勝てなかった相手に俺が勝てるわけなんて、ないかも知れない。それでも後に続く虎徹達がきっとどうにかしてくれる筈だ。モニターの向こうで今の俺に落胆しているだろう市民達も、例えばバーナビーが来れば団結して応援するだろう。俺が、ここであの野郎に──

──おい、俺、今、何考えてた。俺が勝てないだって?他の奴がどうにかしてくれるだって?市民が俺を応援していない、だって!?俺は、俺が負けること前提で今考えていなかった、か。
馬鹿か、馬鹿な。こんな、まるで俺が諦めてしまっているみたいな、ヒーローとして大事ななにもかもを、ほんの一瞬でも投げ出すようなそんなことを!馬鹿な!そうだきっと気のせいだ、痛みのせいで余計なことを考えてしまったに違いない、俺はまだ諦めてなんて絶対に。

「……お前、やっぱりさっきのヤツよりつまんねェな。冷めちまったぜ」

混乱する思考を引き戻したのは、酷く気怠げな声。はっとして視線を戻すと、人を見下すさっきまでの笑みとは打って変わり口角を下げたジェイクが頬を掻いていた。がりがりと、心底やる気がないのがそれだけで伝わる動きをしていた指先が、奴の顔の前に掲げられ同時に黄金のオーラが瞳から全身へと纏われていく。
しまった、と思った時にはもう、遅かった。

「闘牛士ごっこもこれで、フィナーレだ」

自分の荒い呼吸以外、風の音も、あの女の甲高い実況も、通信機で繋がる仲間の声も。全てが消えた静かな、スローモーションの世界で聴こえたやはり気怠い声に重なった、何かが小さく弾けるような音。それを合図にするかのように音も世界も元通りになり、轟音と激痛の中意識が急速にブラックアウトしそこで、途切れた。


(すまん、悪かった。きっとマイクには拾われないくらい小さく口をついた謝罪は、一体誰への物だっただろう)


***




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