TEXT log bkm top

花に埋もれて死に絶えた





(広い広い白い、忘却の名を冠したその城のとある部屋)
(催されているのは午後のささやかなお茶会)


「来てくれて嬉しいよ、ヴィクセン」

この城の中では比較的狭い部屋、小さな机。だがふたりで囲むにはまだ大きすぎる机の向かいには、私のものと同じティーカップからうっすらと湯気が立ち上り私の目の前にあるものと同じ茶菓子が並んでいた。
しかしこうして座ってみると余計に、机の広さが実感できるようだ。できればこんなに離れてしまう向かい合わせではなく隣に並んで欲しいのだが、彼は極端に恥ずかしがりやだからまあ仕方ない。何事にも段階というものがある、いずれ彼の方から私の隣に腰掛けてくれる日が来るだろう。それまで気長に待てばいいだけの話だ、何を焦ることがあるのだ。そもそも、彼が私の招待に応じてくれたのだってこれが初めてなのだ、誘いを無視されていた頃と比べ少しずつではあるが確実に、私達の仲は深まっている。

「貴方の口に合うかはわからないが……カモミールティーにしてみたんだ。心安らぐ香りだろう?ほら、貴方はいつも忙しいようだから、少しでもリラックスして貰えれば」

テーブルの中心に飾られた、壁や天井や床やテーブルや、無機質な全てと同じく真っ白な薔薇越しにそう微笑みかけながら一口、ティーカップの中身を啜る。紅茶と比べてとけだした色素の薄いそれから広がる、柔らかな芳香に両の目が細まった。
琥珀色の液体をじっくりと味わってからテーブルの向こうに再び視線を向けると、まだ手をつけられた様子のないカップが目に入る。煎れたてのものほどではないが、まだゆらりと湯気を立てるそれは猫舌なヴィクセンには辛い温度なのだろう。以前見かけた、熱い茶の注がれた湯呑みに必死に息を吹き掛けてから恐る恐る中身に口をつける姿を思い出してつい、微笑ましさにくすりと笑みが零れた。
室内には時折僅かなきぬ擦れや陶器の触れ合う音がする以外なんの音も、空気の流れすらもなく酷く静かだ。が、重苦しかったり張り詰めていたりするものではなくて、寧ろどこか心地好い。多分、きっと。彼も、ヴィクセンも同じように感じてくれているのではないだろうか。根拠もなにもないけれど、彼はより近しい人物になればなるほど沈黙をよしとするひとのようだから。
出会った頃の、それこそまくしたてるような言葉で必死に己を守ろうと壁を築いていたヴィクセンとは本当に大きく違うな、とふと思った。勿論、良い方向に。
さて、では私も彼の流儀に倣うとしよう。煩いなんて文句を言われてはせっかくの雰囲気が台なしだし、よく考えれば私達の仲ならもう言葉すら要らないんじゃないか。口に出さずとも互いの気持ちは伝わっている、なんて、素晴らしいことこの上ないな!
精一杯の愛情と、くすぐったいような幸福感を込めて、ありがとう、と。小さく小さく呟き、またカップを傾けた。











「ちょっとあんた、アレ、そろそろどうにかしてきてくれない?」
「はぁ?なんで俺が、」
「ヴィクセンが消えてからずっとああなんだから、あんたのせいでしょ。だから責任取りなさいよ、って」
「嫌に決まってんだろ。あんなずっとひとりでブツブツ喋ってるヤツに近付きたくもないぜ、気持ち悪い」


***



























かちり、置いたカップが音を立てるのとほぼ同時に部屋の外にあったふたつの気配が消えた。多分、私の様子を見に来たアクセルとラクシーヌだろう。放っておいてくれればいいものを、あの二人も物好きな。
自分以外の一切を感じ取れなくなったところで肩の力を抜き、一度瞼を閉じる。一呼吸置いてから視線を上げると、その先にあったのは手付かずのカップと誰も座っていない椅子。そう、誰もいない。私以外、この部屋には誰も。最初から、ずっと。
ゆらりと立ち上がる私の肩から二の腕、そして手首にかけてゆっくり数枚の花弁が滑り、指先から広がって刃物の姿を形作っていく。得物が完全に花開くのすら待てずに重力に任せ、上からそれを振り下ろすと派手な音を立ててテーブルだった石材やハーブティーを湛えていた陶器が無惨な姿で固い床に転がった。
ああなんて、虚しく馬鹿馬鹿しい。結局狂態を演じてみても、実際に気を違えることは出来ないのだ。錯乱が見せる幻覚でもいい、貴方に、会いたいのに。

(大いなる心を手に入れたら、今度こそ。私は、貴方に、)


***




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -