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青い鳥はどこへいったの





廊下を進む俺の、後ろを一定の距離を保ちながらついてくる足音が消えたのに気付いたのはそうなってから暫くたってからだった。
振り向くとやはり、離れた所でぼんやり立ち止まっているそいつが視界に入る。少し汚れてくたびれたジャケットを抱える腕や、刀を握り締める手や、棒立ちのままの足が。震えてるように見えるのは多分、気のせいだろう。気のせいじゃなかったとしても俺が気にかけてやる義理も義務もない、あるわけない。突っ立っている馬鹿は放って置いて、さっさとシャワーでも浴びに部屋に戻ろうとまた歩き出した、そのとき。

「ニクス、さん」

と、遠慮がちにかけられたひ弱そうな声を無視して、固い床に固い靴音を響かせながら自室に向かう。うるせーな、俺は疲れてんだよ空気読め。普通の奴だったら遠ざかる背中からそれくらいの意図を読み取るくらい出来るだろうに、あの馬鹿はそんなレベルの低い芸当すら出来ないらしい。今度はさっきと違って、縋り付くような声で名前を呼ばれた。それでも足を止めてやらずにいると、軽い足音が少し離れた所から走り寄ってきて、それから奴の定位置で速度を落とす。

「……ニクスさん、俺、怖いんです」

戦うのも、傷付けるのも、傷付けられるのも、殺すのも、殺されるのも、失うのも。
返事をしてやらない俺に痺れを切らしたのか、元々返事を待つつもりなんてないのか。歩き続ける俺を追い続ける鉄火が漏らす、ぽつり、ぽつりと数えるように増えていく独り言を、聞いていた。耳を傾けた、と、いうよりはただ不可抗力で聴こえているだけだったけれど。
怖い、と告白されたところでさて、ああそうですか以外にどう反応してやればいいんだ。こいつはどうして欲しいんだ。腰抜けだなんてことくらい最初から知っているから今更罵ってやることもないし、じゃあ怖いなら戦うなと言って欲しいわけでもないだろう。戦わない奴はここには要らない。要らない奴は戦火の中に放り出されるだけだ。

「逃げ出してえとか、そんなんじゃねぇんです。や、逃げ出したいと思うことが無いわけじゃないけど、そりゃあ」

漸く部屋の前に着いた俺が指紋認証でロックを解除している間も、鉄火は独り言を続ける。無視し続けながら不要になった手袋を当たり前のように後ろに投げると、聞こえたのはどこかの馬鹿の慌てる声。布が床に落ちる柔らかい音は、しなかった。

「ただ、時々。ホントに時々、考えちまうんですよね」

ヴン、と鈍く唸った扉を潜り、愛しの、と言う程実のところ愛着のない自室へ。部屋は寝て起きれればそれでいい、愛着や執着を持つ必要も意味も無い。武器や仲間や、部下と同じように。
帽子とコートを床に投げ捨てると、もう服はハンガーに掛けるか俺に渡してくださいよ、なんて呆れた台詞がやっぱり一定距離離れた所から届く。格下の馬鹿の小言を聞いてやる優しさは残念ながら持ち合わせてやるつもりもないので無視して刀をベルトごと外し、壁に立てかけた。
そうだ、こんな奴のこんな面倒な言葉、聞いてやらなくたってなんの罰も当たらないのに。いつものように機械音とか、足音と同じ雑音のひとつとして意味すら考えずに聞き流してやればいいのに。俺は何故、そんな雑音に一々反応をしてしまっているんだろう。それが全て内心でのこと、とは言え。

「もし、俺達が生まれたのが争いのない世界だったら、」

意味のない音の連なりに対して意味のないことを考え、更にその考えの意味を内心問う、なんて、なんと無意味で非生産的な行為だろう。
思わず深々と溜息を吐き出しつつ、シャツを脱ぎコートと同じように放った。続けてブーツも、パンツも。馬鹿な駄犬はやっと俺に指図するのを諦めたらしく、生意気に、でも俺に怒鳴られるのを恐れてはいるのか控え目に。やはり溜息を零しながら床に投げ捨てられたそれを黙々と拾い集めては律儀にハンガーやら椅子の背やらに引っ掛けていく。

「もし、主従とか敵対とかじゃなくてみんなが平等な目線で知り合える世界だったら、」

埃臭くなってしまった邪魔なものを全て脱ぎ捨てると、見計らったように洗濯されたタオルが差し出された。当然タイミングが読めないドン臭い奴は嫌いだが、ここまできちんと見計らわれているのもなんとなく気に入らない。我ながら理不尽だとは思うがこいつに対してそんなことで一々罪悪感も違和感も覚えないので、八つ当たるように白く柔らかなタオルを引ったくる。
一瞬視界にちらついたあいつのか細い手がやっぱり震えていたように見えたが、今度も気のせいだろうとまた気付かない振りをした。

「セムさんも、士朗さんも、エリカ様も、慧靂も…ニクスさん、も。友達になって、笑い合えたりみんなで遊んだり飯食ったり出来たのかなぁ、って」



「……ホント、馬鹿だな、お前」

有り得ねぇに決まってんだろ、んな世界。
鼻で笑いながらシャワールームのドアを開ける、その時にふと。もし本当に、鉄火の言うような世界があったら。あいつと、平穏に幸せに生きるなんて事が、出来たかも知れないな、なんて、まるでこの馬鹿に影響されてしまったようなことを一瞬でも思い描いてしまった自分への嫌悪で、吐き気すら感じる。
クソ、なんなんだ。そんなこと、考えたって無駄以外のなんでもないだろうが。

「そう、ですよね。有り得ないですよ、ね」

閉じるドアの隙間から見えた、鉄火のそんな寂しげな表情と声が何故か妙に、印象に残ったから。脳裏に焼き付いたそれを洗い流すように、シャワーのノブを捻った。



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