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水牢





「みんな、しんじゃえばいいのに」

小さくでもはっきり呟いたそいつの瞳をみて、正気かどうかは聞くだけ無駄だと悟った。
そもそも良く考えるとこいつが正気だったことなんか一度も無いような気すらする。

「俺と、ニクスさん以外。みんないなくなればいいんです」

トチ狂った発言も何度も聴かされればすっかり慣れてしまうもんだから、ふうん、と。短く否定とも肯定ともとれない無関心な答えだけをとりあえず返して、窓の外に視線を向けた。
一昨日から降りだした雨はまだ止みそうもない。
この時期はただでさえ寒くなってきて外での任務が億劫になるのに更に、冷たい酸の雨。隣にいる馬鹿以上に面倒で俺にとっては大きな問題のそれに、思わず溜め息が漏れる。

「…なんです溜め息なんか吐いちゃって。ニクスさんはそう思わねえんですか?」

お粗末な造りの窓枠に軽く体重を預けてひたすら降り続ける水滴を眺めていたら、頭の悪い声がさっきより近くから届いた。
一応返事はしてやったのにまだその話題続いてんのかよ面倒くせェななんで毎回毎回俺がそんな気の違った話に付き合ってやんなきゃなんないんだ、なんてキッチリ伝えてやるようなサービス精神を持ち合わせてはいないし言ったところでこいつは空気を読んで黙ったりはしないだろう。振り向いてさえやらずに舌打ちだけすると、不満そうな呻きが更に近くから聞こえる。
さっさと雨が上がればいいのに。そしたらこんなボロくて隙間風の通るような、しかも馬鹿と二人きりで過ごさなきゃなんねえ廃墟なんか出て暖かい自分の屋敷に帰れるから。

「俺は。みーんな、しんじゃって俺とニクスさんの二人きりの世界になったら幸せじゃねえかなって。そう、思うんだけどなぁ」

冗談じゃねえ、丸二日間ちょい二人きりでいるだけでコッチはイライラしてんのに。馬鹿は休み休み言え。咄嗟にいくつも文句が浮かぶけど、生憎頭のおかしい奴の相手をしてやれるほど機嫌は良くないので無視を決め込むことにする。
また縮んだあいつの声との距離にすら苛立ちが高まって、舌打ちしながら壁を思いきり蹴るとデカい音の直後に漸く背後の足音が止んだ。
直ぐ片付く任務、の筈だったのに急に降りだしやがったこの雨。DoLLの機体を痛める酸雨のせいで帰るコトすら出来ねェし、不味い携帯食料には飽きたし煙草と酒は恋しいし馬鹿が煩ェし相変わらずキチガイじみてるし。もし、本当に俺とこいつ以外の人間が全て居なくなって二人きりの世界なんてものになってしまったら。旨いモンもアルコールもニコチンも無くて(そのへんを生み出す人間が居なくなるんだから当然だろう)、しかも話し相手や触れあえる人間(食い物や酒や煙草に比べれば不必要だが)もこいつしか居ない、なんて。考えるだけで背筋の辺りがぞっとする。

「ホラそれに、邪魔な人間がみんなしねばついでに戦争も終わるじゃねえですか!へへ、今日の俺はちょっと冴えてますね。ニクスさんと二人、平和な世界でずーっと一緒に暮らすんです」

近付いて来ることは無くなったけど楽し気に話し続ける声は、最後には恍惚とも取れるようなうっとりとした雰囲気を残してやっと静かになった。廃屋の埃臭い部屋の中に聞こえるのは数分ぶりに、衰える気配の無い雨音と時折どこからか吹き込む風が窓硝子を揺らす音だけになる。
あれが雨に滅入った気分をどうにかしようというジョークのつもりから生まれた言葉だったら、まだいい。煩い上につまんねェ、と殴り飛ばせば済むのだから。はっきり心の底から望んであんなワケのわからない発想をしやがるから、タチが悪い。
ああクソ、せめて。雨さえ、止めば。
ここから出て帰ることさえ出来ればこんなヤツと、こんなに最高に無駄な時間を過ごさないで済むのに。


(この場所に俺を閉じ込める雨はまるで、)


「この雨、まるで檻、みたいですね」

「…煩ェな、いい加減黙れよ低脳」

黙って巡らせていた考えと見事にハモった声にムカついたから、やっぱりニコニコし続けているそいつへと振り返って一日振りに口をきいてやる。
ニクスさんと一緒なら檻に閉じ込められるのも悪くないですなんて寝惚けた発言をする馬鹿を一度睨み付け、俺はまた弱まる気配を見せない無数の雨垂れに視線を戻した。




***



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