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渇いたものは涙と





戦争中だなんて忘れそうになるくらい、真っ青で、馬鹿みたいに明るい空。所々に揺れる、小さな花。

暖かい風も柔らかい陽射しも嫌いな筈なのに、何故か不快じゃない。苛立ちも覚えない。
認めるのは不愉快極まりないけれど、こいつと一緒なら悪くも無いな、なんて少し昔の自分なら鳥肌モノの思考を巡らせる。


「……ったく、なんで俺がテメーなんかの散歩に付き合ってやらなきゃならねェんだよ」

それでも。正直に悪くないなんて伝えてやれば、あの只でさえ自分に都合良く俺の言動を解釈し続ける馬鹿が益々調子に乗るだけだから、ささやかな抵抗として出来る限りやる気無さそうに、吐き捨ててやった。
気だるげな様子を演じる為に一生懸命になる、なんて小さな矛盾に少しだけ口角が持ち上がったが、俺の背後にいるこいつには見えていないだろう、多分。と、言うか。見られていては困る。調子に乗ったこいつは、とにかく煩くて鬱陶しいから。
そう、弱い癖に俺に付き纏って、頭も悪いからすぐ勘違いして調子に乗って、どれだけ痛めつけてやっても離れていかなくて、その上駆け足でヒトのテリトリーに踏み込んでくる、こいつなんか。殺してやりたい程嫌いな筈で、マトモな神経をしている輩なら命に危険を感じる程痛めつけてやったの、だが。
どうやらそのマトモな神経とやらを持ち合わせていないらしいこの馬鹿が俺から離れるより、俺が諦める方が早かった。諦めて仕方なく嫌々妥協してやっただけなのに、こいつは俺に受け入れて貰ったのだと思い込んで大喜びしていたのを覚えている。
気付けば俺の隣か斜め後ろがこいつの定位置になって、デュエル辺りには丸くなったな、なんて馬鹿にされて…勿論相応の報復はしてやったけど、思い出すだけで腹が立つ。

「あー…だりィ、めんどクセー…」

来るんじゃなかったぜ、こんなトコ。
腹が立つから八つ当たるように吐き出した、心にもない文句。これで少しこいつが困って慌てるのを眺めればすっきりする、と。そんな軽い気持ちで呟いただけだったのに、背後の空気が小さく震えただけで、それ以上の反応は無かった。どうやら、笑われたんだ、と思う。ムカつく。相変わらず俺の神経を逆撫でることだけに関しては、無駄な才能を持っているヤツだ。

…あれ、そもそもなんで俺はこんなムカつく野郎なんかとふたりきりでこんな所をブラブラ歩かなきゃならないんだ?こんなの時間とエネルギーの無駄遣いに他ならない、のに。
別にコイツが訳のわからない希望と言うかお願いと言うか我が儘を俺にしつこくまくし立てるのは今に始まった事じゃなくて、その度に俺はそれを無視して来ただろうが。
なのに、何故。今回に限って、俺とふたりきりで散歩に行きたい、だなんて。そんな我が儘を大した抵抗もなく聞き入れてしまったんだろう。


「一度だけだ、もうこんな面倒なコト、してやらねえからな」

「……わかってます。一度だけで俺、メチャメチャ満足、です、から」

今まで黙っていた背後のそいつが、漸く上げた声は。こいつにしては大人しく控えめで。こんな静かな声を聴いたのは、初めてじゃないだろうか。
不意に沸き上がる苛立ちは、このあたたかな陽射しのせいだと自分に言い聞かせた。
──ああ、畜生。背負ったこいつは軽くはないし、この軍服は未だ溢れ続けるこいつの血液に汚れてしまってもう、使い物にならないだろうし。さっきまで散歩も悪くない、なんて思っていたのは何かの錯覚で、やっぱりこんなのはガラじゃない…さっさとこいつを棄てて帰ってしまえば良いとはっきり思考は結論づけているのだけれど、足は相変わらずのんきで穏やかな風景の中を、進む。
どうやら、この頭のおかしい馬鹿と一緒に居過ぎたせいで、俺の頭までおかしくなったようだ。



「…ね、ニク、ス、さん。連れてきて、くれて。ありがと…ごぜぇます」



意外にハッキリとした声が、鼓膜に伝わった直後。背中にかかる体重が、ほんの僅かにだけ、重くなった。
多分、もう俺が話し掛けてもこいつから返事が来ることは無い。

じわじわ膨れていく正体不明の苛立ちと、相反するように居座る心地好さを抱きながら、俺は。
死体とふたり、もう少しこの最初で最後の不本意な散歩を楽しむことにした。






***




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