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after glow





最近の医者は、患者に気遣って余命を伝えない…なんて事はしないようで。
まあ、大抵どんなドラマでも患者自身は自分の死期に気付いてるモンだし、後で遺族にゴネたりされないよう予防線も含めて話しておいた方が都合が良いというのに今更になって気付いただけ、なのかも知れないけれど。とにかく聞いたこっちが驚く間も無いくらい、淡々と、事務的に宣告をしてくるのだ。


──とりあえず何が言いたいのかというと、医者に貴方の命はあと二ヶ月もたない、と。
そう告げられてからもう、一ヶ月になる。







「…ね、酷いと思いませんか師匠。そろそろまたジルチは出入り禁止にしてやんなきゃなーなんて考えてて」

ベッドの傍らで、楽しげに話を続ける識。ゲーセンの仕事だって、家族との時間だってあるだろうにこうして毎日、見舞いに来てくれる。勿論、忙しいだろうからそう長い時間此処に留まっているわけじゃないの、だが。
運良く長くて三十分、下手をすれば五分。一日の中のたったこれだけの時間が、殺風景な病室での生活の精神的な支えになってくれていることは、確かな気がした。

「そやなぁ、出禁くらったところでアイツが反省するとも思わへんけど。アレや、もうガッツリ拳でしばいてやり」

「この間はそうしたけど、無駄でした……ホント、どうしたものだか」

病に倒れる前と変わらない、他愛の無い会話。誰と誰が喧嘩したとか、どこどこの店のケーキが旨かったとか、週末は雨になりそうだとか。
当たり前の事が幸せ、なんてのは本当なんだなと今更になって実感する。当たり前に顔を見れて、声を聞けて…当たり前に、識が笑ってくれて。
この『当たり前』を、あと何回。自分は、感じることが出来るんだろうか。

「、と。そろそろ店、戻らないと」

安っぽい造りの椅子が軋む音が、ささやかな幸せの終わりを告げる。
明日も来ますね。そう笑う識を見て、つきり、と胸が痛んだ。

「ん、毎日ありがとさん…忙しいんやったら、無理して来てくれなくてもええんよ?」

嘘。本当は、毎日来て欲しい。もっと長い時間一緒に居て欲しい。
…いっそ、ずっと燻らせていたこの想いを、伝えたら。あと僅かな命の、タイムリミットを教えたら。優しい識は、うわべだけでも自分に応えてくれるかも知れない。愛を、囁いてくれるかも知れない。弱気になったひとりきりの夜に、そう思ったこともあったけれど。

「大丈夫ですよ。俺、師匠のこと大好きですから。出来るだけ時間作って、会いに来ます」

大好き、の意味は違うけれど、アイツの生まれ故郷のように暖かい笑顔を曇らせるのは、絶対に嫌だから。今日もまた、お決まりになったこんなやり取りをしながら踵を返す、見慣れた背中に小さく手を振った。

「……しぃーき」

小さな声に、律儀に反応して病室から出ていこうとしていた、新緑の色をした髪が揺れる。
どうしたのかと、小さく首を傾げて尋ねる識を見ながら、ふと浮かんだのは。今、自分が泣きそうな顔をしていないか、なんて突拍子も無い心配事。

「…なんでもあらへん。気ィ付けて帰るんやで」




子供扱いするな、と、困ったように眉を寄せながら出ていったアイツは、そろそろエレベーターに乗った頃だろう。

「愛しとる、識……」

文字通り、墓まで持って行こうと決めたこの想いに、識が気付いてくれるなんて事は無いだろうか、と。
矛盾した願望は何度か脳内をくるくると巡り、やがてゆったりと迫る睡魔に紛れて消えていった。





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