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戦火に消え逝く





都から遠く離れたこの地の景色は、まだ冬のそれそのもので、





魏との国境をすぐそこに望む此処で、こうして小規模な衝突を繰り返すのももう、幾度目になるだろう。時期故に向こうも、そして此方も大規模な軍を動かすことは出来ず、睨み合いの合間にぶつかるようなことを始めてから幾つかの月が過ぎていた。

「早いものですね、ほら、雪がもう大分減ったんじゃないですか」

俺と似たような事を考えていたのだろう、斜め前でこの高台から遠くをじっと見詰めていた陸遜が、ぽつりと呟く。相変わらず視線は高台の麓にある小さな集落のような、村のような、とにかく其処に注がれていて俺も、つられるように視線を落とした。
どうやらまだ、動きはないらしい。

「ホント、まさかこんなに粘られるとはね」

早く帰りたいってのに。小さく呟いた筈の文句はけれど確かに、陸遜の耳に届いていたようで、返されたのは私もです、と言う声。自嘲気味に白い息と共に吐き出された笑みをみて、待たせている相手がいるのは俺だけじゃないってことを、思い出した。

「ね、陸遜」

「なんです?」

「甘寧は元気にやってるかね、なんて急に思って、さ」

「さあ、あの方はいつも元気に見えますけど……兎に角呂蒙殿に迷惑さえかかっていなければ良いのですが」

冷たいね。そう笑う俺に、やっぱり陸遜も笑い返す。もし本当に迷惑をかけていたら、冷たい言葉をぶつけるだけじゃ済みませんよ、なんてさらりと言い放ちながら。一瞬外気のものとは違う寒気を感じたが、巻き込まれてはかなわないので気にしないことにした。
冗談だか本気だかつかないことで笑いあっていると視界に、ふと。何か、揺れた。小さく眩しいそれは、金属に反射する光のようで。

「、陸遜」

「ええ」

光が見えたのは、ずっと注意を向けていたあの、集落。度重なる戦にもうあそこに住む人々はいなくなってしまったけど、代わりに敵兵が身を潜める場所になっている。
きらり、きらり。
光が、徐々に増えていく。集落だけじゃない、おそらく、その周りの茂みや木々の影にだっているんだろう。迂濶には、近寄れない。合図を待つ俺の視線に気付いた陸遜はただ、左右に首を振った。

──ながい、時間。
本当は数十秒の間だろうけど、長く感じた時間。息を詰め、五感を張り巡らせ、その時を待つ。
きらり。
今迄より少し手前に光が見えた瞬間、風を切る音が聴こえた。見れば陸遜が大きく得物を振り上げていて、それが合図だ、と認識するより先に前方に控えている兵達が寒空に大量の火矢を放っていた。鉛色の空を一瞬、橙に染め上げたそれは直ぐに放射線を描いて大地に吸い込まれ、冷たい風に乾いた集落を炎が舐めていく。

「凌統殿」

その様子を黙って眺めていた陸遜が、漸く声を発する。どうやら第一段階は上手く行ったようだ。炎の向こうに入り乱れる怒号や悲鳴が、それを裏付けていた。
随分久しぶりに俺へと移された陸遜の双眸はなんとなく、疲れたような、寂しいような、それでいて興奮しているような不思議な色をしていて、そんな視線に真っ直ぐ貫かれて何故か、手綱を握る掌に力が加わる。

「今度こそ、終わらせて。生きて、帰りましょうね」

「はいよ…任せときなっての」

交わされたのは短い言葉だけれど、そこに込められた信頼とか、責任は痛い程わかってるから。出来るだけの笑みを作って頷いて、節棍を握り直した。
「では、第二陣──行ってください」

遠く聴こえる喧騒を遮り、凛、と。強く響く声を合図に、馬を駆けさせる。最早言葉になっていない雄叫びを上げながら逆落としの勢いそのままに敵陣に突っ込んだ。




襲い来る敵兵を殴り付け、踏み倒し、進むなかで視界の端に何故か、枯れた小さな樹がとまる。返り血とか煤に汚れた顔を向けるとそれは、どうやら桃の樹のようで。炎に燻された枝はまだ蕾すらつけていないけれど、きっと。遠く南の建業では、そろそろ花開く頃じゃあないだろうか。
そう意識した途端、蘇るのは丁度一年前、交わした約束。あいつと、俺と。それから陸遜と呂蒙さんと、四人で花見をしよう、なんて言ったっけ。

「あーあ、間に合わないね、これじゃ」

視線をその桃の樹から再び、逃げ惑う敵兵へと移すと、だれにも聴こえないような声で小さく。ごめん、と、呟いた。



(春が、まだ来なければいいのに)
戦乱が奪うのは、いのちだけじゃないから


***



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