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ネイビー・アンセム






日毎に下がって行く気温に反比例するように、少しずつ大気が澄んできている。
そんな話題が夕方のニュース番組で出ているのを偶々見ていた俺達は、夕食を済ませたあと、なんとなくベランダに出て頭上に輝くそれを眺めることにした。

「さっみ、」

「ほら見ろ、だからなんか羽織れって言ったじゃないか」

やはり昼間に比べ大分ひんやりとした空気に眉を寄せつつ、隣の薄手の長袖一枚の男を笑う。腕を組み自分の体を抱えるようにして僅かに震える甘寧はもう視線を頭上に向けていて、上着を取りに室内に戻る様子は無い。単に面倒なのかそれとも意地を張っているのか、どのみち意固地な雰囲気に自然と苦笑が漏れた。多分ここで俺が何を言っても無駄だろうし、かといってこいつの為に部屋に戻るのも面倒だから手すりに体重を預けるようにして天を仰ぐ。
(あー…確かに綺麗、なのかね)
濃紺の空に煌めく光はなんとなく心を落ち着かせる気がして、悪くはない、のだけど。これが夏より綺麗か、と言われると正直あまりわからなくて、都会のアパートから見るんじゃそんなもんかとほんの少し、落胆した。
それでも甘寧は毎晩そこにあるのに滅多に見上げることのない疎らな輝きに満足したようで、なんだか良くわからないでたらめな鼻歌を奏でて至極機嫌が良さそうだから。少しはわざわざ寒い外にでてきた甲斐もあったか、なんて思う。
暫くその能天気な笑顔を堪能してから、相変わらず旋律のおかしい鼻歌を聴きつつ再び視線を空に向ける。が、やっぱり星はあまり見えないし、都会の明かりが視界に煩く主張してくるし、あんまり気持ちの良いものではないな、なんてぼんやり考えていたらふと。歌が、止んだ。

「もう歌はいいのかい?」

「…や、ちょっと考え事」

「へぇ、あんたが考え事、ね」

「んだよ、悪ぃか」

冷たい手すりに体重をかけだらしなく顎まで乗せているそいつに、ほんの少し皮肉を込めた視線を向ける。二人分の体重を預かる手すりが小さく軋んで悲鳴を上げたが、俺は特に気にしなくて彼奴もほんの少し片目を細めただけ。

「別に?一寸珍しいんじゃないかね、って思ってさ。…ああ、かなり珍しい、の間違いか」

「…喧嘩売ってんのか、ソレ」

「冗談、あんたみたいな馬鹿力と喧嘩したら身が持たないっての」

暗に能天気だとか馬鹿だとか、そういう意味を含ませたことを言ってやると、思い切り顔をしかめられる。図星だったからか、そう思ってないから不満だったのかとにかくその表情がなんとなく、可笑しくて。くすくす笑いながらふと甘寧をみると呆れたような顔からやがて、俺につられて困ったように笑んだ。

「で、何考えてたんだい」

「や、なんつうか…馬鹿にされるから言わねえ」

やっぱり困ったような中途半端な笑みを浮かべ続ける甘寧は、その表情のまま指先で弱く頬を掻き、視線をどこか遠くにやってしまった。
星を見るのにも少し飽きてきたから丁度良い暇潰しになると思ったし、自分といるのに思考は言えないような別の誰か、もしくは何かに向いていたのがなんとなく気に入らない、という幼稚な嫉妬もあって、俺は、無言のまま。身を乗り出し、催促するように奴の顔を覗き込む。

「…んだよ」

「ふふ、わかってんだろ?」

暫しの、沈黙。奴に倣って手すりに頬を乗せると、冷たさに体が震えた。
中々吐こうとしない甘寧の固い真っ直ぐな髪になんとなく手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと乱していたら手首を捕らえられ、止められる。その手首に巻き付く、普段は俺より暖かな筈の掌が珍しく、冷たかったから。やっぱり寒かったんじゃないかと思わず漏れたのは、苦笑。幸い甘寧は此方をみていなくて、また拗ねられることはなかったけれど。

「っと…だから、よ」

「ん、なんだい」

「だから、その…てめえといるときにてめえのこと考えて、何が悪いんだっつてんだよ」

照れ隠しなのか、声を荒げて吐き捨てるその男が、どうしようもなく愛しくて、可愛らしくて。でもきっとそれを伝えたら素直じゃないこいつはまた、へそをまげるだろうから内心、ほくそ笑むだけにしておいた。

「じゃ、きちんと言えた良い子にはご褒美でもあげますか」

良く見ると、カーテンの隙間から届く部屋の明かりが写し出す甘寧の指先がなんとなく、赤くなっていることに気付く。小刻みに震えるそれを捕らえられていない方の掌でそっと包んでやると、やっぱり我慢してたんだろう。体温にすがるように、弱く握り返される。

「ほら、部屋、戻ろうか。ご褒美は熱いコーヒーでどうだい?」

「…コーヒーじゃなくてココアがいい。熱いと飲めねぇから少し温いやつな」

普段なら面倒だと一蹴してやる我が儘な注文も、寒さに耐えかねて体を擦り寄せてくるこいつがあまりに可愛いから。仕方ないね、なんてわざとらしく溜め息を吐きながらも、冷えた頬にそっと、唇を寄せた。

寒い寒いと今更煩く文句を繰り返す甘寧を部屋に押し込みつつ、振り返って夜空をもう一度、見上げる。ドラマや漫画みたいに心境の変化で星がさっきより綺麗に見える、なんてことは全く無かったけれど、ほんのちょっとだけ。
喧騒とネオンに汚れたこの夜空が、愛しく思えた、気がした。



***




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