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アンハッピーデイズ






「、死ね」

姿が見えた途端、これだ。挨拶も無しに、いやあっても怖いし気味が悪いのだが。なんてゆっくり考える余裕もない。こいつはそれなりに強いし、その上全く加減がないから。鍛練に向かう途中だったんだろう、クセの強い節棍を振り回し、丸腰の俺を躊躇なく狙う。勿論俺だってむざむざ殺されてやる気にはならないし、体術のみでなんとか応戦する。こいつの得物はそもそも致命的な怪我を負わせるには向いていないから、おかげで防戦一方にはなるがそれでも殺られることは、なかった。
空を切る音を立て襲ってくる節棍を避けつつ、ちらりと見えた彼奴の眼差しに浮かぶのは、純粋な、憎悪。酷く冷たいそれと目があったのはほんの一瞬なのに、その冷たさに背筋が震えた。恐怖とか、そういうモノじゃあ、ない。今、こいつの瞳に映し出されているものは、きっと、

「凌統殿、甘寧殿、やめてください!」

突如、回廊に響いた叫びと足音に、凌統の瞳のあの鋭い光が色を、うしなう。俺だけを見ていた視線がゆっくりと移動し、体ごと後ろを向くのをみて俺は内心、落胆した。同時に背筋を震わせるあの感覚も消え、全身を巡っていた熱が急激に冷めていく。畜生、つまんねえ。
思いっきり息を吐き出して、大きく伸びをする。やり合ってたのは大した時間ではないのに少し、疲れた。お互い本気だったし、疲れていてもおかしくはないが。見れば完全に後ろを向いてしまった凌統の肩も微かに上下していて、それが俺のせいだと思うと、にやつく口元が抑えられない。

「全く、貴方達はいつもいつも…いい加減にしてください、子供じゃないんですから」

俺達が出会い頭にこうなって、見掛けた誰かが陸遜を呼びにいきこうして説教を受けるまで。全てが最早日課のようになっていて、違うのは彼奴と俺がどこで出会うか、というところだけ。今日は人通りの少ない回廊だったからやり合える時間が長かった、昨日は執務室の前だったから一瞬で止められたしななどと。考えていると、上の空なのが顔に出ていたのだろう、別に隠す気も無いし。陸遜に、ぐっと睨まれた。俺が話を聞かないのもいつもの事なのだし、いい加減慣れりゃあいいのに。

「はっ、怖ぇ怖ぇ、んじゃ大人しくさっさとずらかるか」

「ちょっと、甘寧殿、まだ話は終わって…」

ひらりひらりと手を振り憤る陸遜をあしらうと、彼奴に出会して以来進んでいなかった回廊に再び、足を踏み出した。同時に腰で鈴が揺れ、小さく鳴る。さっき激しく戦っていた時、この鈴は鳴っていただろうか。記憶を辿ってみるが、特に覚えていない。それほど夢中になっていた、ということかも知れないが。

「面倒くせ、いつもとどうせ同じだろ?」

擦れ違う瞬間、にやりと口角をつり上げ陸遜を、否、陸遜の肩越しに黙ったままの彼奴を、見遣る。俺と同じように説教を適当に聞き流し、遠くをみていた視線が一瞬、俺を捉え、またどこか遠くへ移った。突き刺すような、鋭くて強い視線で射抜かれ感じたのは、情欲にも似た底知れぬ、熱。もっと、だ。もっと、この熱が、欲しい。あの視線を向けたまま滅茶苦茶に、息をつく間もないくらいに犯してくれればいいのに、と願った夜も数知れない。
(…ああ、堪んねぇ、な)

遠く、中庭を見詰める彼奴の隣を通りすぎ、規則正しく鈴を鳴らす。
恋慕と言うには余りにも、重くて黒い、この感情を。俺はなんと、呼べばいいのか。
ふと、そう思案する俺の背に、またあの視線が突き刺さった。

***



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