TEXT log bkm top

涙雨






止まない雨。
河の畔。
ぬかるんだ道。
飛来する矢。
コマ送りになる世界。
消えた喧騒。
真っ白な視界。

背後で響く、悲痛な叫び。

ひとつひとつに覚えがあり過ぎて、笑うことしか出来なかった。
父上、これは報い、ですか。
貴方の仇を愛でてしまった、俺への罰ですか。


「凌統、凌統…っ」

悪いね、甘寧。もう駄目だ。
俺だって簡単にいきたくは無いけど、そう我が儘言ったところでどうなるもんでも無いし、さ。

「ごめん……甘寧」


敵は少数。士気は明らかに此方が上。簡単に終わる、筈だった。
ところが、大将を追い詰めた俺達を待っていたのはこの脆弱な敵には勿体ないくらいの将が率いる、奇襲部隊。
甘寧の軍より機動性が少し上回る俺の部隊が、諸に被害を受けてしまった。

「凌統…っ!」

なんとか窮地を脱しようと節棍を奮っていたその時、喧騒に混じって届いた鈴の音。
やっと追い付いたのか、遅いんじゃない?憎まれ口のひとつでもきいてやろうと思っていたのに。
悲鳴みたいな叫び声に視線を上げると、奇襲部隊の将が丁度、自分に向けて引き絞った矢を放ったところだった。

(だめだ、かわせない)

変に体を捻っていたものだから、かわすことも、叩き落とすことも無理みたいだ。ゆっくりと、やたら間延びする風景の中で考える。運が良ければこれに当たってくれるかもしれないと、節棍をなんとか体の正面へと移動させた。

──妙に長い、一瞬のあと。

鈍い音。崩れ落ちる体。鋭い痛み。
世界が、正常な早さに戻る。
からだが熱い。なのに寒い。息をするたびに激痛が走る。
朦朧とする意識の中、脳裏に浮かぶのはかつて、誰よりも大切だった人。
貴方もこんな痛みを、苦しみを味わったのですか…父上。

良く考えずとも、酷似し過ぎていた。父上が殺された、あのときに。

止まない雨。河の畔。ぬかるんだ道。
──夏口。

飛来する矢。
──甘寧の放った矢。

コマ送りになる世界。消えた喧騒。真っ白になる視界。
──崩れる、父上の背中。

父上、仇を許し、恨みを忘れた俺を、怒っているんですか。
だからこうして、貴方を思い出すこの状況で、俺をあいつから引き離そうとするのですか…?


「凌統!」

聞き慣れた声に、薄れていた意識か少しだけ浮上する。
周りに敵の姿は無い。奴らはどうしたのか、そう尋ねようとしたのに声が出ない。僅かに唇が動いただけで、肺から込み上げる血液に激しく噎せてしまった。

「あいつらは退いてったぜ、流石に大将がヤバくなったみたいでよ」

唇を読んだのか、ただなんとなく教える気になったのかどちらかはわからないが、甘寧に教えられて内心ホッと息をつく。よかった、とりあえず甘寧達も後方の部隊も一先ずは安全だ。
あんた、怪我は?とか俺の部隊の被害は?とか聞きたいことは沢山あるけど、声が出ない。

「なぁ、凌統」

頭のすぐ横で、鈴が鳴った。なんとか眼球だけ動かすと、傍らにしゃがむ甘寧が視界に映る。

「皮肉、だよな…そっくり過ぎて参るぜ、何もかも」

何が、とは聞かない。俺も同じことを考えたから。
それより、甘寧の声が震えているのが気になった。こいつは、人前で涙を流せるほど器用じゃないから…泣きたいのに、堪えてるんだ。ホントは抱き締めて、背中を撫でてやりたいのに。
俺の肩に顔を埋めさせれば、誰にも見られないから。そこで、泣けばいいのに。
抱き締めてやるどころか、頬にも触れてやれない自分が歯痒い。

「凌、統……なあ、いっちまうのか?」

そうだよ。
こればっかりは、どうにもならない。あんただって武器を奮い、ひとの命を奪う種類の人間なんだ。目の前の奴が助かるか、助からないかくらいは簡単にわかるだろう?

ああ、目が霞む。あんたの声も遠くなってきた。
あれだけ辛かった痛みすらあんまり感じないんだ、おかしいだろう?最期くらい笑えないかと思ったが、やっぱり駄目だった。


「かん…ね……」

ごめんな、抱き締めてやれなくて。
あんたを置いていっちまって。
俺がいないからって、ひとりでめそめそ泣くんじゃないよ。
本当にさよならだ、甘寧。



止まない雨。

息子を嘆く父上か。
置いていくことを悔やむ俺か。
置いていかれることを悲しむあんたか。

泣いているのは、誰だっただろう。




***




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -