「春ねぇ」

「そうですね、まさしく紳士の季節!」

「………そう?」


何かにつけて紳士を強調してみせるこの男、名をウィルバーというらしい。
らしい、と言うのはつまりそれが本名なのかすらわからないという意味だ。
怪しげな組織に属する怪しげな男。
例えば真実ウィルバーという名前が本名だとしたら、私は逆にこの男が心配になる。


「お嬢さん、お花見でも如何ですか?」

「知ってる?本当のお花見ってのは昼間から酒飲んでご馳走食べて全裸になって大声で歌って警察に捕まるイベントなのよ」

「…………まさか」

「春なのはあなたの頭の中みたいね」


そんなはずないでしょ。
しかしテレビという情報源でこの国を知っているのだとすれば、信じてしまうんだろう。
何しろ昨今のニュースは悪い事件しか扱わないのだから。


「ふむ、では、いつか私の故郷へ招待しましょう」

「結構よ。言ってなかったけど、私は日本でしか生きられないように改良されているの」

「ははは!何を言うかと思えば」

「信じないならいいのよ。でも、…リリエンタールの存在を認めるんだから、ねぇ?」


目の前でなんともいえない表情を浮かべる自称紳士。
しっかりと着こんだ黒いスーツはまるで葬式のよう。
春の陽気に似つかわしくなく、陰鬱な気分にさせる。


「…やれやれ、お嬢さんも変わらず釣れませんね」

「餌が貧相なんじゃない?」

「ふむ、なるほど。では、お嬢さんは何をご所望ですか?」

「真実、真理、正直、素直」


一息で吐き出せば、その羅列がまるでどこぞの宗教にありそうな気がして吐き気。

例えば明くる朝、霧のように消えていたら。
例えば記憶の中、何もなかったように消えていたら。
例えば彼の名前、人混みで呼んでも振り返らなかったら。

全てを信じるにはまだまだ足りない。
全てを疑うには彼の空気は心地好すぎた。


「…重症だわ」


テーブルについた肘が痛むのを無視してため息をついたら、自称紳士で自称ウィルバーという名の男が困ったように笑って目を伏せた。







解読せよ。
まだこの一瞬を信じることしかできずにいる。




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