窓の外は深い深い、海の底のような色をしている。時折視界に入るのは飛行機が放つ光。小さく瞬く星も、まるで海底から水面を見上げているようだと、そんなふざけたことを彼の腕の中で思う。
「…何か気になるものでもあったか」
「起こしちゃった?」
「たまには、ゆっくり寝顔でも見せてくれ」
はぁ、と小さく吐いたため息が、私の耳を擽る。思わず震えた肩は不可抗力だけれど、彼の顔を盗み見たらそれはそれは愉快そうに笑んでいた。
「…シュバインさんって、実は性格悪いでしょう」
「今更気づいたのか」
「…前から気づいてたけど、あんまり気にしてなかった」
「それでいい。そのままで充分だ」
彼の指先が私の前髪をゆっくりとほどいて、露になった額に唇が寄せられる。
思わず彼の首筋に伸びる黒髪をくしゃりと手のひらで引き寄せたら、彼はこれまた意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「…その顔、なんとかなりませんか」
「どんな顔だか、検討もつかないな」
「とーっても意地の悪そうな顔!」
「違うだろう」
「何がですか」
「よく見ればわかる」
額から離れた唇が弧を描き、彼は含み笑いを溢してそれでも尚、私の前髪を、耳の裏を、首筋を、その指先と手のひらでゆるゆると遊ぶ。
「…私には、よく見ても意地の悪い顔にしか見えません」
「つまり、足りないんだろう」
「何がですか?」
ニヤリ、悪そうな顔。それでも不快な気分にならないのは、たぶん彼の顔がきれいに整いすぎているからだと、思う。
「私がどんな顔をしていても、」
「?」
「君のことが愛しい、という表情しか浮かべていない」
歯が浮くような台詞をさらりと言い放ったかと思えば、ギシリと脳に響く枕の音。
枕の上、私の頭を挟むようにして立てられた彼の腕は、細い体に似つかわしくなくとてもしっかりしている。
「わからないなら、わかるまで」
その夜の事なんて、半分までしか覚えていない。
淑女の仮面
彼は紳士の仮面を捨ててきたようだ。