「よし、」
寝坊した朝、窓の外でざあざあと降り続けるうっとうしい雨。二度寝しようと布団に再度潜り込んだあたしに向かって、今隣で目を覚ました小太郎がぼんやりした口調で言った。
「………なに」
「お前は髪が長いな」
「…はぁ?」
長い指先で髪先をくるくると弄られて、とてもいたたまれない気持ちになる。小太郎は寝ぼけ眼で笑う。
「そうだな、これくらいなら大丈夫か」
「…何の話?」
「俺は再び髪を伸ばそう」
「いいよ、うっとうしい」
「それで、お前と同じ長さになったら結婚しよう」
「吉田拓郎か」
何で髪?別にそんなんいいじゃん。「好きだ」って「愛してる」って「結婚しよう」って、それで充分事足りるじゃん。…なんで、髪?っていうかなんで吉田拓郎?
「…何が不満なんだ」
「全体的に」
窓の外はどしゃぶり。小太郎の髪は確かに綺麗だけど、正直長いのはもういいと思う。あと吉田拓郎もいいと思う。
「町の教会で」
「かぶき町に教会なんかあったっけ?」
「二人で買った緑のシャツを、」
「買った記憶もないし、第一誰が着るのよ。まさかあんた着るつもり?」
「は、春がペンキを」
「はぁ?」
段々と小さくなる声。小太郎は唸りながら枕に顔を埋めてしまった。その耳は微かに赤い。だからなんで吉田拓郎よ。
「………頭大丈夫?」
「何故お前はそうなのだ」
「ん?」
「プ、プロポーズだ、ぞ!」
「ふざけてるとしか思えなかった」
それきり、小太郎は何も言わない。聞こえるのは規則的な寝息だけ。……寝息?
………こいつ寝てやがる!
窓の外は相変わらずの雨。
この男どうしてやろうか。
所に依り豪雨
頭から吉田拓郎が離れないわ!
「……雨があがって」
「わ、いつ起きたの」
「雲の切れ間から太陽が見えたら」
「はあ、」
「結婚、しない、か」
…不覚にも、本当に不覚にも、動悸がおさまらないのはきっと偉大なミュージシャンのせいだ!…ということにしてもらおう。
「…………ちゃんとさらってよね」