「…またなの」
目の前で表情を変えない男から目を逸らして言う。彼はほんの少しだけ表情筋を固くして、あたしに手を伸ばした。
「いってらっしゃい」
伸ばされた手が触れない内に一歩下がる。行き場のない手は白く、骨張ったオトコノヒトの手。
引き留められれば困るくせに、彼は伸ばした手が行き場をなくして空中をさ迷う自分の姿がお気に召さなかったらしい。
「…ランカちゃん、待ってるんじゃないの?」
彼の背中に小さく見えるのは、車の中で心配そうにこちらを伺うランカちゃん。あたしと目があって、鮮やかな緑の髪がかわしらしくひょこんと跳ねた。
「…ランカの仕事が終わったら、そっちに向かう」
「あたし今日から1週間、仕事で自宅を離れるの」
言ったでしょ?と付け足したら、彼は滅多に崩さない表情をさも気に入らない、というように崩して、背後の車を振り向く。
「あたしは大丈夫だから、行っておいでよ」
仕方ない。確かに今日は約束してた日だけど、彼がようやく手に入れた記憶の断片である妹を大切に思うのは、とても人間らしい感情だもの。
何度も約束を反古にされたと言うのに、あたしにはまだ少し、ワガママを言う勇気はないらしい。
「ブレラ、そろそろ時間でしょ?」
金色の髪が青い空の下で鮮やかに輝く。
「…俺は大丈夫じゃない」
「ん、?」
思わず彼を見てしまった。車の中ではランカちゃんがこちらと時計とを交互に見ている。…あぁもう!
「わかった、わかったから早くいってきなさい」
「わかってないだろう」
一瞬、腕を捕まれたかと思ったら視界に影が落ちて、唇に柔らかい感触。幸いなことにそれはすぐに離れて、彼はあたしに背を向けた。
何が起こった、と考える間もなく車の中のランカちゃんの表情を見ればあたしと彼に何があったかなんて一目瞭然。………そんなまさか!
アパートメントに背を向けた彼の首筋が少しだけ赤い。彼はこちらを振り向かず、
「…俺に感情が全くない、とは一言も言っていない」
といらんセリフだけ置いていった。
感覚の共有
いつの間にこんな、
「…熱でもあるのか?赤いぞ」
「………アルトって、キスしたことある?」
「………は?」
「あらぁ、アンタたち何してんの?二人とも真っ赤じゃない」
「ボビーさん、あたし破裂しそう」