普段なら枕元の目覚まし時計で目覚める朝。いつか彼の妹にプレゼントされた、けったいなフォルムの目覚まし時計には、必要のない機能が搭載されている。時間になれば、普段よく聞く低い声で朝を告げるのだ。
彼がこの部屋に泊まったその朝を思い出して赤面してしまうのも、日常に組み込まれた動作だった。
それが今日、あたしを目覚めさせたのは支給されている青いフォルム、S.M.S.の緊急コールだった。
画面に光る赤いALARMの文字。モニタの電源を完全に切ってしまっていたことを少しばかり後悔しながら、あたしは歯を磨き顔を洗って規定のジャケットを羽織り、ノーメイクのまま部屋を後にした。
騒がしいコックピットに目をやながら、あたしは自らが整備を請け負う機体を探す。背後から声が降ってきた。
「出れるか」
「出れます」
十近くも年の離れた隊長。その声音は厳しいものなのに、目覚ましに吹き込まれたセリフを思えば自然と顔が染まる。勿論、彼がそんなことに気づかないはずがない。オズマ・リーとは豪気・鈍感に見えて実は聡い男なのだ。
「お前の整備だとあいつのご機嫌もいいようだ」
「光栄ね」
「どんな風にご機嫌をとんのか、今度俺にも試してくれよ」
セクハラに近い軽口を叩いて足を進めるその広い背中。彼が歩く度に周囲の空気が変わる。彼らの士気の高まりを肌で感じながら、コックピットに背を向ける。
管制室に繋がるモニタをちらりと見上げて、目をそらした。恐らくボビーがニヤニヤと親指を立てているのだろう、容易に想像がついたその光景には当たり前のようにキャシーがいる。
小さく頭を振って、自分に言い聞かせる。今は、あたしのものよ。あなたのものじゃない。
響く轟音。彼が機内からキザったらしく敬礼して微笑むのを確認し、シェルターの扉を閉めた。
あたしたちは約束をしない。例えば新入りの、髪の長い美しい彼のように誰かと約束できたら、この世界も少しは変わるかもしれないけれど。
果たせないかもしれない約束は、互いを不幸にする。約束をしたがった彼に、あたしはそう告げた。彼が約束をしなければならないのは、あたしでなくて妹であるランカちゃん。
彼もそれを理解して、だからあたしにはいつも簡単に背を向ける。
もしも、果たせる約束だったなら。
小さくとも彼を支えられる力になるのに、と自らの臆病さを奥歯で噛み潰し、あたしは小さく管制室に繋がるモニタを睨んだ。
果たせない約束をしよう
機体に口付けてもあなたじゃないなら意味がない
「…ランカちゃんは、オズマが好き?」
「はい!」
「……そうよねぇ」
「どうしたんですか…?もしかして、お兄ちゃんのこと、嫌いになって別れる…とか…」
「それはない。絶対ない。断言できる。あたしオズマしか愛せない」
「わ、わ、すごいです…!」
戻ってきていたオズマがこれを聞いていたことを知るのは、その夜の話。