「なあ、付き合うって何すんの? つーか何してもいいの?!」
 梟谷学園高校の教室の一つ、昼休みが終わるギリギリで他の生徒がほぼ揃ったその中で、ズカズカと入ってきた別クラスの木兎は一際大きい声で、満面の笑みで、そう言った。
「………」
 教室内をびっくりするくらいの静寂に整えた木兎は、返答を聞かずにチャイムの音を聞いて走り去った。まるで通り雨か嵐のようだ。現れて消えた木兎を見送ったクラスメイトたちが、静かにこちらに視線を向ける。相手が誰なのか探る視線が私の周囲をいくつか跳ね返り、最終的に私の元へと注がれた。
「なまえ、やっぱOKしたんだ」
「いまさら?」
 私は告白されたことを嬉々として言いふらすような性格はしていないけれど、目撃した人物がそれを軽々に口に出さない人であるとは限らない。変に隠して誤魔化そうとすればきっとこの室内は騒がしくなるだろう。なんたって私たちはただの高校生だ。
「何があったの? なんて言われたの?」
 さほど仲がいいわけではない女子たちも色めきだって近寄ってくる。こんな日に限って先生が来るのが遅くて、嫌になる。文字通り頭を抱えて、ため息を吐いてしまった。

「木兎」
 昼休み以降は静かだった。さあ帰ろうという夕刻、教室を出たら扉の横に目に見えて項垂れた木兎がいた。ただの通行人Bだった私に突然のスポットライトが注がれた半日を思って、うんざりする。
「………怒られた」
「………良い友達を持ったようで何よりだよ」
 ほんの少しだけ眉尻を下げた大男が、私をちらっと見下ろして、それから口角を上げる。この表情は、見覚えがある。
「あのさあ、とりあえず一緒に帰んない?」
「いいよ」
 一瞬で明るく笑った木兎の左隣で一歩を踏み出すと同時に、右手にぶら下げていたスクールバッグを左手に持ち替える。頭上から「ふへっ」という気持ち悪い声が聞こえた気がした。

 あまりにもベタだと思った。
 先週末いつも通りに登校したら、下足箱の奥にメモが入っていた。手紙ではなくメモだ。お世辞にも読みやすいとは言えない文字を解読するに、昼休みに体育館裏に来て欲しいと書いてあった。差出人の名前が書いていなかったから、リンチにでも遭うのかと思った。昼休み、興味本位で体育館の中から体育館裏が見える窓を覗いた。背後では男バレ部員が飽きもせずに練習とはまた違う雰囲気でボールと戯れていた。クラスメイトが男バレ部員を眺めるべく、体育館に来ていた。窓から見えたのは、キョロキョロして、もじもじして、顔を上げてから肩を落とす、木兎の姿だった。──ベタだ。お手本のような姿じゃないか。気恥ずかしくなって、窓を開けた。体育館裏に行って正面からぶつかることを避けた。
『あのメモって木兎?』
『オワァア!! アッ!そこから?!』
 窓枠越しの木兎が一生懸命に言うには、体育館の中から? という意味の"そこから?"なのだと言う。聞いてもないことを、本題でもないことを、木兎はバタバタと暴れながら一生懸命に、本当に一生懸命に喋って、それから静かに背筋を伸ばした。背後が静かだった。
『付き合ってください!!』
『……接点もないし、人違いなんじゃない?』
『俺のことカッコイイって言った!』
 なんの話かよくわからなかった。わからなかったけど、──わからなかったから、
『………いいよ』
『エッ』
『付き合おうか。聞きたいことは、その後でもいいし』
 目をまん丸にしてポカンとした木兎が嬉しそうに目を輝かせた瞬間の、まるでその顔が見えていたかのように後ろで沸いた拍手に、木兎がいかに愛されていたのかを知った。

「私、いつ木兎のことかっこいいって言ったの?」
「あ〜〜、試合ん時。いつのか忘れたけど」
 私がバレーの試合を見に行ったのは一度だけだ。二年セッターを気に入っている友人に連れられて観戦した試合、うちの勝利後。そうだ、あの時、たぶん近くに木兎がいた。
「ああ………」
「知らねえ女子が赤葦と話しててその後ろになまえがいた」
 メモに書いてあった宛名は苗字だったのに、いつの間に名前を呼び捨てることにしたのか。その切り替えの速さにちょっと驚く。
「男バレみんないたもんね」
「そんときなまえが"木兎カッコイイね"っつって、赤葦が"はい"って答えてた」
「よく覚えてるね」
 私も、そんな会話は覚えていない。取るに足らないただの感想だろう。友人に"どうだった?"と突然振られて、二人の視線が私に向いた記憶だけは残っている。たぶん、とりあえず思ったことを口にしただけの言葉だ。本人にはひとまず言わないでおく。
「なまえをすきになった瞬間」
 校門を通り過ぎて、ふと気づく。試合の時には185cmくらいの身長だったけど今はもう少し伸びているだろう、私からすれば大男が、教室からここまでずっと、ぴったり私の隣を歩いている。
「………歩きづらくないの」
「?」
「歩幅とスピード、合わせてるでしょう」
 見上げて言う。木兎が大型犬のように口角を上げる。
「ヘーキ」
「そう」
 一歩、少し大きく踏み出してみたけれど、面倒になってやめた。木兎の笑う声が頭上から降ってくる。
「赤葦の言う通りだった」
「なにが?」
「"あの人、人をちゃんと見る人だと思います"って」
 なんの話かよくわからなくて、「ふーん」とだけ答える。おかまいなしに木兎が続ける。
「一目惚れじゃなくて、一言惚れ。たぶん。笑われたけど」
 足元に目をやった。ローファーを履いた私の足、その隣の大きい足。
「律儀だね。聞きたいことは付き合ってからって言ったの、覚えてたんだ」
 先週末付き合うことになって、今日はその翌週水曜日。五日目。あの後連絡先を交換したのに、今日まで連絡はとっていない。
「俺のことなるべくたくさん知って。はやめに」
 静かな声がはっきりと耳に届く。横を通り過ぎた男子生徒がきれいな二度見をしてきて、本当に嬉しそうに駆け出して行った。
「木葉だ」
「……男バレ?」
「見に来てたのにわかんねえ?」
「私が名前と顔を一致できるのは今のところ木兎と赤葦くんだけ」
 頭上の声は「赤葦のことも忘れていいよ」と笑う。
「いまの顔」
 不意に覗き込まれて、危うく顔面がぶつかるところ。その位置で、大きな目で、感情が伺いしれない表情の木兎が口を一度閉じた。何かのプレッシャーを感じたように肌がざわりと粟立って、それでも瞬時に治まった。この圧は、なぜだか妙に心地いい。目前の木兎が子供みたいに表情を崩した。
「どんな顔」
「俺のことカッコイイって言ってくれた時、なまえ笑ってた!」
「私だって笑うよ」
「嘘だな」
 表情筋があまり育たなかった私は、あの時赤葦くんに"同じような人がいるなあ"と親近感を持ったことを思い出す。
「でも、うん」
「??」
 足を止めてかがんだまま、私の顔を覗き込む態勢の木兎の目が、動物の目のようにキレイに輝いている。狙い済ましたような澄んだ眼差しだ。
「かっこいいよ、木兎」
「……………結婚しよ!!!!!!」
 一目惚れなんて信じない。でもこれは一言惚れらしいから、たぶん大丈夫。この人はたぶん、思ってもないことは絶対に言わない。
「ねえ、とりあえず」
 木兎のポケットに突っ込んだままの手をそっと指さした。
「手、繋いでみたい」
 あの時に見たよりずっと低く、控えめに、木兎が飛び跳ねた。
「赤葦にお礼しなきゃ」
「そうだね、私も連れてって」

 始まりなんてどこに転がってるかはわからない。だからとりあえず飛び込んでみてもいい。繋いだ手があまりにも大きくてびっくりした。木兎は私の手を握る手の力加減を図っている。
「なまえの、俺のことぜんっぜん怖がんないとこ、好きだ」
 背筋を伸ばして振り向きざまに笑った木兎が、私の手を強めに引いた。
 


韋駄天台風




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -