十七:廃道を進む

「おれとセナ、どう違うんだろうな」
 この期に及んでまだ人にその答えを求めてしまうのは、自信がないからだとわかってる。リッツが何度も口にしてきた「間違い探し」も、その内にいい案だと安易に受け入れることが出来たのに、今となってはそのあまりの困難さに頭を抱えるだけになった。
 彼女が出ていったマンションの一室で、助けを求めてスマートフォンでナルの番号を呼び出した。人に助けを求めることをおれに教えてくれたKnights──セナ、どこまで頼っていいのか、その線引きが曖昧なまま大人になった。
『………泉ちゃんはわかってるもの。だから “あの子のために” なんて、言わないのよ』
 突然の電話の開口一番、経緯も背景も知らせずにいきなり本題に入ったおれに対して、ナルは一度息を吸って、恐らく正確に意図をくみ取った。
「ナルは、セナを応援してたんだよな」
『泉ちゃんは自覚的なの。あの子に向けた行動は自分のためだって自覚してる。──それが、アタシが泉ちゃんの恋を応援している理由よ』
 全身でナルの言葉を聞き逃すまいと息を詰めてスマートフォンを耳に押付けていたおれは、気づいた。おれが過去形にした言葉を、現在進行形にしたナルの言葉に。
「自分のため」
『ねえ、王さまは本当に“あの子のため”に、何をしたの?』
 顔が見えないはずの電話なのにまるで目の前にいるかのように、ナルの表情がわかる。それはあまりにもよく知る眼差しで、ずっとおれに向けられていたものだ。そう、この視線はずっと、おれを責めている。

 “おれに恋してよ” そう口にしたことをようやく後悔し始めた。正確に言うなら、タイミングを読めなかったことを。おれはたぶんずっとこんな風に、“彼女を想って”と言いながら、自分のことだけを考えてきた。彼女が言った“押し付けてるだけ”という言葉が心臓に刺さったまま、抜けることもなくむしろどんどんと深く突き刺さっていく。彼女の本音と、そして彼女がおれの心臓を刺した瞬間の表情。傷ついた顔をしていた。涙を堪える瞳だった。唇が僅かに震えていた。言うつもりのなかったこと、言いたくなかったことが、堤防が決壊したように口から出たその瞬間の彼女の表情に、おれはそれでも確かに、“愛”を見た。

「ナルごめんな。ありがと。ちょっと出かけてくる」
『……そう。……ねえ、王さま。みんな幸せになる結末は、ないのかしら』
 返事をせずに──できずに、通話を終了して自室へ足を進める。放り投げたままだった上着を拾い上げた。
 おれを励ます言葉を言わなかったナルは、本音を隠すのは上手いのに、おれにはほとんど隠さない。そのことは、おれたちが重ねてきた時間と関係性が間違ってないことを示す。──じゃあ、あいつとは?
 左手の薬指の指輪に触れる。これ以外に、あいつとの関係性を示すものを、たぶんおれは持っていない。

*

「なんでセッちゃんはあんな風に好きになったんだろう」
 深入りしないと決めて、そう言葉にしたにも関わらず、凛月先輩は私の元へふらりと寄ってきては一つ二つの種を撒きます。あの言葉に偽りはありませんが、恐らくあの言葉によって、凛月先輩は私を信用したのでしょう。これまでとは異なる信用に、Knightsの末っ子として期待され可愛がられていた自分を遠くに感じる事が増えました。
「………私の思うお姉様は、夢ノ咲にいた頃からずっと、見返りを求めてはいませんでした」
「…………………………うん」
 たっぷりの沈黙の間、凛月先輩があの頃を懐かしむ眼差しを手元に落とし、小さく返答します。
「はい。──それだけ、です」
「それだけであって、それしか要らない」
「はい」
 私が知っているのはそれくらいです。ただそのことだけが、私がお姉様を信頼する確かな理由です。
「やだな、だとしたらセッちゃんも王様も、俺たちも………彼女に甘えてるだけじゃん」
 「そうですね」という返事は、声になりませんでした。私達は見返りを求められることばかりでした。私達もそれを当然だと思っていました。
「給与が発生する訳でもない学生が、あそこまで私たちに──Idolたちに尽くしてくれたんです」
 そう。私たちにとっては、それだけなのです。それだけであって、それだけがあったのです。
「倫理を犯してなお、お姉様が唯一手放せなかったものは、恐らく瀬名先輩だけでした」
 饒舌になってしまった自分をどこかで恥入りながら、落ち着きを取り戻すために息を吐き、一度瞼を伏せて目前の凛月先輩をまっすぐに見つめました。
 ここまでに一度も“お姉様自身の想い”については考えもしなかったであろう凛月先輩が大きく息を吐き、私から視線を背けて眉根を寄せるのを視界に、私の心は妙な落ち着きを取り戻し、彼らの旅路に思いを馳せているのです。もちろん、どこまでも瀬名先輩のことばかりでお姉様には実際さほど興味のない凛月先輩のことも。



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