眠れない、と彼女は嘆く。
眠らない、と彼は呟く。
彼女は、眠れば彼が一人になってしまうような気がするのだと言う。
彼は、彼女がそうして泣いたときには何も言わずに抱き締めたいのだと言う。
隣り合った2組の布団。青々とした畳が芳しい香りを放つ部屋で、2人はただ布団の中で天井を見つめている。
日々憔悴していく二人。そんな二人を見かねた周囲の人々は、彼らを引き離す為の画策を重ねた。
このまま二人を一緒にすれば死んでしまう、と。
二人は最後まで首を立てには振らなかったが、やがて口論になった彼女と彼の側近とで、彼の側近は勢い余って彼女を傷つけてしまった。
幸い彼女は死ぬことはなかったが、目を覚まさない。
彼はその夜から、布団に入ることもしなくなった。
彼女の温もりがないと生きた心地がしないのだと、言う。
隣り合った二組の布団。毎晩その間で確かに繋がれていた手が、見当たらないのだと。
彼は、呟く。
彼は更に憔悴していった。目の下には隈ができ、そして食欲もなくなった。
彼女は未だに目覚めない。
この時になって周囲はようやく気づいたのだ。
彼らが、眠れない時間も眠らない時間も、ただひたすらにその時間でさえも慈しんでいたことを。
彼女は未だに目覚めない。
彼は眠らないと呟く。
そして彼が涙を一筋、いっそ二人で眠ってしまえたらいい、と呟いたその朝、彼女は息を引き取った。
彼は泣かなかった。
騒がなかった、ただ一瞬肩を震わせて、恐れていたのはこれだったんだ、と一言、呟いた。
周囲は知らなかったのだ。
彼が選んだ最上を。
彼女が選んだ最上を。
彼は翌日、布団を燃した。
もう必要ないからと。
派手な着流しの裾が焼け焦げたのにも気付かずに、彼は二組の布団を跡形もなく燃した。
赤々と揺れて燃える炎を見つめて、彼は小さく、俺も燃してくれればいい、と呟いた。