「こんにちは」
「…!」
その部屋は、これまでとはうって変わった静けさに支配されていた。行く度にサボり生徒が寝ていたベッドも空。そしてこの部屋、保健室の周囲にすら、人は近づかなくなっていた。
「い、いらっしゃい…ようこそ保健室へ…!えぇと、お茶にしようか、それとも女の子だから紅茶かな…」
いそいそと備え付けの簡易キッチンへと駆け寄る足元は何故だかステップを踏んでいる。そして白衣の裾もステップに合わせて踊る。
「ベッド、お借りしてもいいですか?」
「好きなだけくつろいで行ってくれ…」
これでもかというくらいの満面の笑顔。その手にはティーカップと、
「…なんでぬいぐるみ?」
「一人じゃ淋しいでしょ…?」
「……は、」
ニコニコ。彼はそのグロテスクな顔に似つかわしくなくぬいぐるみを腕に抱え始めた。
「それともお花の方がいいかな?女の子だもんね」
「いや、何もいらない…」
始業式は風邪でダウン。新学期が始まってから初登校、初保健室。クラスの友人に散々聞かされたお陰で新任保健医についての知識はある程度持っている。…勿論、全てを信じたわけではないけれど。
「…困ったなぁ、藤くんからも評判悪くてねぇ」
「誰それ」
「この学校のアイドルらしいよ…知らないのかな?」
「興味ない。そんで、そのフジくんとやらがどうしたの」
「ベッドを貸してくれって言うから、ぬいぐるみとお花と子守唄でもてなしたら出て行っちゃってねぇ…」
しょぼん、と目に見えて沈んでいるその不気味な保健医。彼はどうやら空回りタイプのようだ。
「アンタ、名前は?」
「ハ、ハデス先生って呼んで」
「……ハデス先生」
ベッドに腰かけて、彼を見た。彼は喜びを噛み締めるような複雑な表情。緩む口元を抑えようとしている姿が、なんともかわいらしい。
「ふふ、ハデス先生って、楽しい人」
「?!」
制服のリボンをほどいてベッドに潜り込む。が、彼は腕にぬいぐるみを抱えたまま固まっている。
「ハ、ハデス先生?」
「き、君は…もしや病魔に…いやいや、そんなはずはない…気配も感じない…」
「…大丈夫ですか」
「君!」
「はい」
「こ、この胸の高鳴りはなんだろうか…」
「知りません」
保健室で怪談
しばらく来ないようにしよう
「おかえりー、どうだった?保健室!」
「…子守唄が頭から離れない」