細い路地裏を裏道にして、華やかなネオンが輝くビル街に出る。華奢なデザインのウォッチを覗けば時間は深夜2時。そんな時間のせいだろうか、辺りを歩く女性は一様にきらびやかなドレスを纏い、細いヒールを鳴らし、華やかに飾り付けられた巻き髪と攻撃的なまでの化粧でこの界隈に溢れていた。
あたしはと言えば、鮮やかなブルーのフレアスカートに白いシャツと黒いジャケットを合わせて、夜の街を歩いている。その姿は恐らく今この時間ここにいるには些か似つかわしくないような気もする。
きらびやかなビルの、ひっそりと、けれどもしっかりとした佇まいのビルの中に足を踏み入れる。重厚な扉の前に立つボーイ姿のドアマンが、口元のマイクで何かを誰かに伝えるのを見ながら、あたしは彼に笑いかけた。
「お待ちしておりました。小太郎は既に席で貴女をお待ちです」
「ありがとう」
フロアに入れば、そこはありがちな喧騒を忘れるほどに静か。薄暗く、所々を柔らかく染める間接照明に、ゆっくりと流れるジャズ。ホストクラブと言えども、その性質は店に依って変わると、まさにそれを体現したような雰囲気。
その奥の、黒い扉。目線の高さに小さく光るシルバーのプレートにはよく見かける字体で"VIP"という文字が踊る。
「…遅かったな」
「よくVIPが空いてましたね」
「お前が今日来るとは聞いていたが、時間まで聞かなかっただろう」
「あぁ…そういえば」
「だからな、今日は指名を全て断ってこの部屋に篭っていたのだ」
いつもと同じように、ホストクラブに似つかわしくない安価のハウスワインをグラスに注ぐ小太郎。ゆったりとしたソファに腰かけてそのグラスを受け取る。
「順位が落ちても知りませんよ」
「かまわん。そもそも順位なんてものに俺は興味がない」
彼はこのクラブのNo.4。単に4番目と言えば反応に困る数字ではあるものの、彼の場合は不動なのだ。つまり不景気だのなんだとと周りが騒いでいたとしても、常に安定した指名率と売上を誇る。
「あたしなんかを呼びつけるなら、もっとお金持ってる人を呼んだ方がいいんじゃないですか?」
お酒の弱いあたしの為に、なるべくアルコールの弱いワインを取り寄せてくれた横顔を見つめながら、ジャズを聴く。
「毎晩こうして働いてるんだ……たまには休ませてくれ」
誰にでも言ってるんじゃないか、そんな無粋なことは言わない。いつも通り、テーブルの上には一杯のワインと烏龍茶、紅茶にソフトドリンク。小さく身震いした膝に優しく掛けられたピンクの膝掛けに顔をあげれば、彼は「プレゼントだ」と小さくはにかんだ。
砂のお城
そして今日も、ココロは迷路に迷い込む
どんなに求めたって、彼が手に入ることなんてないのに。