私の視界の中には、いつも必ず一期一振が見切れてくる。修行を終えてからはより一層。

 例えば朝食。
 食事は本丸に居るものたちでまとまって、大広間で摂るのが常だ。いつも同じ面子で固まっているもの、見る度に違う面子と集まっているもの。それらを未だに興味深く思いながら食事を摂るその私の隣には、いつも一期一振がいる。
「主、本日の執務のご予定はどうされましょうか。私としてはまず経理報告を仕上げてもらいたいものですが」
「……その話ご飯食べ終わってからでいいかなあ」

 例えば午前の執務。
 今日の朝食の真っ最中に一期一振から言われた通り、真っ先に私は経理報告をまとめた。我が本丸では──というか、割とどこの本丸でもそうだと思うけれど、経理は博多藤四郎が担っている。たぶん、だからこそ一期一振は厳しい。今日だってやれ数字が歪で読みづらいだの、簡単な計算であっても念の為電卓を使った方がいいだの、インクタイプのペンは擦ると汚くなるから他のペンを使えだのと、それはそれは穏やかで柔らかな笑みを浮かべながらちくちくと口にしていた。執務机に向かい合う私の、斜め向かいに正座したまま。
「まもなく昼食ですな。切りの良いところ、と言うとこのまま続けてしまいそうですから、大人しくそこまでにしておきましょう」
「……はい」

 例えば昼食。
 執務室から大広間への濡れ縁を歩きながら鼻腔をくすぐったのは、これでもかと食欲をそそるニンニクの香り。一体今日の昼食当番はどんな食材をニンニクで炒めたのだろうか。ワクワクして大広間に入って、手近な位置の座布団に腰を落ち着ける。当然のように隣に座った一期一振が、取り皿を片手に各食卓の大皿から牛肉とアスパラとニンニクの炒め物を取り分け始めた。
「主の分はこちらです。匂いの強い食事ですから、おかわりしようなどとはゆめゆめ思われませんよう」
「いや、あの」
「何か?」
「……いえ…………」

 例えば午後の執務、そしておやつ。
 週に一度政府に提出する定期報告書を書きながら、一週間の戦績を改めて確認する。戦績はその都度部隊長から直接報告を受けているけれど、一週間分の戦績を並べてみて初めてわかることもある。私の刀たちの生きている証のひとつでもある戦績、私はこれを見ているのがとても好きだ。そんな私を斜め向かいからじっと見つめる一期一振が、ちょいちょい視界に入ってきて口元が引き攣る。伸びた背中、崩さないままの正座、両拳は膝の上、体の右には太刀を置き、涼し気な表情でそこに居る。
「さて、そろそろお八つ時ですかな。今日のお八つは何でしょうな。貰って参りましょう。お待ちくださいね」
「……ありがとう」

 例えば夕方の執務。
 提出を義務付けられた定期報告書には、いくつかの項目がある。出陣した部隊の人員──誰が部隊長を務めたのか。出陣した時代、場所、結果──首級をあげたのか、敗走したのか。出陣の回数を時代や場所ごとに統計し、またその損害。鍛刀においては男士の顕現状況。刀装の在庫状況に各資源の在庫状況。次週の予定。馬たちの健康状態、畑の作物の栽培と収穫状況に至るまで。それらを網羅した報告書は、当然用紙一枚や二枚では収まらない。この定期報告書の作成のある、週に一度の日。この日だけが私はいつも憂鬱だ。
 それでも思う。定期報告書を書きながら、みんなの成長を目の当たりにできること、そしてそれを正式に政府に自慢できること、それはきっと、審神者としては意外と幸福なことなのかもしれない、と。
「……そろそろ夕餉の時刻ですな。報告書の進みは如何ですか」
「あと一行……いや二行かな………ちょっと待って」
「待てませんな」
「………………」

 例えば夕食。
 遠征部隊には申し訳ないけれど、本丸に居る男士たちは一日の終わりの食事に心を踊らせている。穏やかでゆるやかな時間。張り詰めていた気持ちがみんな少しづつ緩んでいるこの時間の空間が、私はとても好きだ。今日の夕食は洋食に凝って歌仙兼定と多少ピリついた関係を構築している燭台切光忠のお手製ハンバーグ。とにもかくにも必要数が多いから、おしゃれなお皿に一人ずつ盛って出すことができないのが悩みだと言う。大皿に山盛り積まれたハンバーグにはたっぷりのデミグラスソースがかけられている。熱いうちに載せてねと別皿に添えられたチーズはいつも瞬殺で消える。この量のハンバーグを一つ一つ形作って地道に焼いている光忠と、そのお手伝いをする男士たちを想像して、幸せな気持ちになった。本業じゃないのにごめんね、とも思う。
「ハンバーグだけではなく付け合せもきちんと召し上がってください」
「善処します」
「善処ではなく」
「………はい……」

 そして例えば夜のこと。
 夕食を済ませて執務室に戻り、食事前に残させられた定期報告書の仕上げに取り掛かる。総括というのはなかなかどうしてこんなに難しいものか。一度書いた文を消しながら、結局夕食直前あたりに書いたはずの部分がまるっと不要になってしまったことに気づく。書き直した総括の方がしっくりと、私の心に落ち着いた。伝えたいこと、伝えなきゃいけないこと、私と私の刀たちとのこれから。全て書き終えて長く息を吐いた。報告書が順番通り並んでいることを確認しつつ、読み返す。我ながら今週の報告書もなかなか良い出来なんじゃないだろうか。
「主殿、湯殿のご用意ができましたぞ」
 執務室の外から聞こえた蜻蛉切の声に顔を上げた。目が合った一期一振がそっと微笑んで立ち上がる。
「主、それでは私はこれで」
「あ、はい」
「後のことは本日の近侍である蜻蛉切殿にお任せしましょう」
 そう、何を隠そうこの刀、近侍ではないのだ。
 一期一振が静かに、執務机のほうへの足を進めてくる。白い爪先は汚れなんて一切なく、さっきまでずっと正座をしていたというのに、痺れている様子は一切ない。そして、白手袋のその手のひらが、ぽんと私の頭に乗せられた。
「本日も、良い一日でしたね」
 一期一振はそれだけ言うと、さっさと障子へと向かい、呆気なく障子を開けた。前に坐す蜻蛉切が当たり前の顔をして一期一振を簡単に労う。その様をぼんやりと見つめながら、「敵わないんだよねえ」と独りごちた。そんな呟きに気づいた蜻蛉切が温かく微笑んで、そうして、一期一振は背中を向けたまま顔だけでこっちを見て言う。
「おやすみなさい。また明日、ここにお伺いします」

 例えば──例えばこんな一日を積み重ねている。示し合わせたように執務室に近づかない持ち回りの近侍と、常に私のそばで圧をかけ続けている一期一振。でも結局のところはわかっているのだ。一期一振は、どんな場面でも"私にとっての最善"を選び続けている。いつか言ったことがある。
「一期一振がいないとちゃんとした生活ができなくなりそう」
 一期一振はいつも通りの柔和な笑顔に明瞭な声で告げた。
「本望ですな」
 その言葉の意図するところは未だに聞けないままだけれど。たぶんこれからもこんな日を積み重ねていく。そしてたぶん、ずっとずっと先の未来でも、私の傍らには一期一振がいるんだろう。



私の近侍カッコカリ

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たくさん感想くれてたくさん話しかけてきてくれた大好きな読者さんへ



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