「…土産はないのか」
「…は?」
京の実家に一週間ほど帰って、戻ってきたその瞬間。珍しく着崩れた着物を整えながら玄関に出てきた桂さんは、いきなりそんなことを言った。
手には小さなバッグだけ。衣類や土産は全部昨日の内に届いているはずだ。
「ダンボールの中にはなかった」
「…………」
…あぁ、この人、あたしの荷物全部引っくり返しやがったな。
勝手に荷物をあけるなと連絡をしなかったことを反省しながら、恐らく荷物が散乱しているであろう自室へと向かう。
今日はゆっくり休もうと思ってたのに。
着物姿の桂さんは特に悪びれた様子もなく、あたしの隣を歩く。
「…お前、何を怒ってるんだ」
「…顔に出てた?」
「出てるな」
「……別に」
着なれない着物が窮屈だ。実家で着せられた仕立てのいい着物。折角面倒を承知で着て帰ってきたと言うのに、桂さんは何も言わない。
「…はぁ」
「ため息を吐くと幸せが逃げるらしいぞ」
「いいです。別に。」
ギシギシと歩く度に鳴る廊下。そろそろ穴でもあくんじゃないだろうか。そんなことを考えながら顔をあげれば、ふ、と台所から何か甘い香りがした。
「…桂さん、料理でもしてたんですか?」
「ん、いや…」
「?」
「たまにはな、お前が好きそうなものでも、と」
ふわりと漂うのは香ばしいキャラメルの香り。
「…どうしたんですか?」
「お前は俺の仲間だ」
「はい」
「だがな、どうにも…お前が近くにいないと俺は不安になるのだ」
明かりのついたオーブンの中では、銀色の型の上にパウンドケーキらしきものがふんわりと膨らんでいる。
「……桂さん」
「…なんだ」
「あたし、この着物新しいんです」
「あぁ……匂いがつくから嫌だったか?折角似合っているのに甘味の匂いが、」
「似合いますか?」
「当たり前だ!」
レンジから漂う匂いと、焼き上がりの合図。
「……京のお土産は、あたし、とか…どうでしょう」
「返せと言われても返さないからな」
融心論
焚き染めたお香よりずっといい
「さて、式場はどこにするか」
「…は?」