ゆっくりと沈む陽を背に、小太郎は少し後ろを歩くあたしを気にしながら、口を開いた。
「蕎麦でも食いに行くか」
土手からは蛙の声が聞こえ、虫の音が聞こえ、水の流れる涼やかなリズムが聞こえる。
「奢りなら」
「当然だ」
フッと弛んだ笑みを浮かべた彼は、足取りも軽やかに砂利道を歩く。今日は、かつての戦友の命日だった。
じりじりと照りつける太陽の下で命を落とした友。その無念さを思えば、あたしの足取りは重くなる。
「俺たちは、立ち止まってはいけないのだ」
「……そうだね」
「立ち止まればきっと、次の一歩が怖くて踏み出せなくなってしまう」
「…うん」
眩しいオレンジの中、彼の背中は大きい。あたしより多くの命を背負ってきたその背中。事切れた友を背負って、「帰ろう、」と震える声で呟いた横顔。瞼を閉じれば、それは昨日のことのように鮮明に蘇る。
「…俺は男だ」
「知ってる」
「お前のことだって、背負える」
まさかあたし、口に出してた?訝しんで彼の背中を見つめるが、それ以上の返事はない。彼はわかっていたのかもしれない。
あたしが、日本の夜明けを求めながら、それでも半分以上は諦めにもよく似た気持ちを抱いていたことに。
「…お前は、辛いとも痛いとも苦しいとも言わん」
「…そうだっけ?」
「だからな、俺はその内いくつに気づいてやれてるか、不安になるのだ」
「………」
この人は、優しい人だ。背負わなくてもいいのに、あたしまで背負おうとしている。もしもあたしが、「半分でいいから背負わせて」と言えたなら、彼も少しは楽になるだろうけど。でもあたしも強くないから、そんなことも言ってあげられないんだ。
「…あのお酒、気に入ったかな」
「…そうだな……」
行きにあれもこれもと買い込んだお花やお菓子、おにぎり。中でもお酒はかなり奮発した。墓標の前で胡座をかいて、そのお酒を一口だけ飲んで残りを墓石にかけたその力強い腕は、少しだけ震えていた。
「あたしが死んだら、お酒はかけないでいいからお菓子をたくさん供えてね」
「何を言ってる。俺たちは一蓮托生。お前が嫌だと言っても、一緒に死ぬんだ」
小太郎はあたしを振り向かない。その体はもう震えていないけれど、赤く傾いた陽は泣きたいくらいにきれいで眩しいから、きっとこれでよかったんだと、そう思いたい。
「俺たちは生きるしかないのだ」
「…うん」
「胸を張って、彼らに恥じないよう」
「…そうだね」
「…その為には、俺にはお前が必要だ」
そこには貴方のココロがあった
その背中は泣きたいくらいに美しい