白いな、と思った。次いで思ったのは、細いな、だった。にかりと明るく笑って片手を挙げたその軽さに、脱力したのを覚えている。印象はそれくらいだ。
 それ以外の印象は、正直なところない。それも致し方なし、と言ったところだろう。だって、彼を鍛刀してからと言うもの、2人で何かを語らうことも皆がいるところであっても目が合うこともないのだから。

「...嫌われてる気がする」
「何かしたの?」

 ひっそりとした離れの一室。皆が生活する場からほんの徒歩10歩にも満たないこの場所には、近侍以外は立ち入らない。私からそう言ったわけではなくて、自然とそういう形になった。
 今日の近侍を任じた清光が、文机を挟んで向こう側で、塗ったばかりの爪紅にふうふうと息を吹きかけている。私はといえば、そのきれいに並んだ赤い爪を視界の隅に入れながら、肘をついて拗ねた口で息を吐いた。

「なにかするほど絡んだことないもん」
「まー確かによそよそしいよね」

 でしょ、と答えたけれど、清光は「まあ主と仲良い奴ってそもそも少ないけど」と、こちらをちらとも見ずに吐き捨てる。
 つかめない距離感をそのままに、一番最初に鍛刀した短刀たちは、一期一振が現れるや否や私にさっさと背中を向けた。

「…うーん」
「仲良くなりたいの?」
「……そこまでは、おこがましいかな」

 神さまたちとの距離感をきちんと把握するのは難しい。とかく昔から人との交流能力が格段に低かった私は、子どもに好かれることもできない。清光が、主に愛されたいと願う子でよかった、そう心から思う。

「鍛刀した時なんか話さなかったの?」
「……はじめまして、って」
「それだけ?」
「それだけ」

 清光の爪から視線を上げれば、清光は呆れた色をその端正な顔に浮かべて、「だめじゃん」と小さく言った。わかってはいるのだ。第一印象が、悪くはなくても決して良くもなかったということくらい。

「どう思ったの?」
「鶴丸を?」
「うん」
「白いな、と。……あと、細いなって」
「それだけ?」
「それだけ」

 障子越しに射し込む燦々とした日差しに、室内がじりじりと暑い。清光はすっかり乾いた爪をかざして、満足げに笑って姿勢を変えた。私の方に身を乗り出す態勢で、「で?」となにかの続きを求める。しかし何を求められているのか全くわからない私は、首を傾げることしかできない。

「嫌われてんのかなって気にすんの、はじめてじゃん」

 言われて初めて、そうだったっけと思い返した。手持ち無沙汰に手を伸ばして、つやつやと光る清光の赤い爪を撫でる。清光は私の手を振り払うことなく、嬉しそうに破顔した。
 私にとって、私の行動によって誰かが嬉しそうに笑うというのは、とても大きなことだ。短刀たちは、とうとう私に心を開いてはくれなかった。否、近侍にしている清光と、それから初期刀の陸奥守以外、みんな、私に心を開いたことはない。

「主はさー、もうちょっと笑った方がいいと思うんだよねー」
「...むり……」

 元が人見知りなのだ。だからこそ、本来物置にでも使うこんな離れに自室を設けて、みんなと離れて生活している。いい事だとは思っていない。けれど、そうする他に思いつかなかった。
 驚きを与えようと画策する鶴丸を中心とした喧騒を羨む自分が、自分で一番嫌いだ。

「話しかけてみればいいじゃん」
「...そんな簡単に言わないでよ」
「挨拶くらいしたら?」

 それが簡単に出来たら苦労しない。しかし反論ができるはずもなく、情けないうめき声とともに文机に撃沈するのが関の山だ。
 笑顔で挨拶。それができたら、きっとここにいる皆ともう少し親しくできているのではないか。以前一期一振とすれ違う時、私は俯いて小さな声で「こんにちは」と言った。当然彼には聞こえなかったようで、ちらと視線を上げた時、既に目の前には彼はいなかった。

「……いいもん」
「いいの?」
「だって、」

 それでも、清光はそんな私に駆け寄ってきてくれる。笑顔で、簡単に私に手を伸ばす。私が清光に触れる時、私の方が嬉しい。

「……清光が、いるもん」

 伺うように目だけで清光を見上げたら、清光はほんの少し困った顔をして、それでも唇は優しげに弧を描いていた。

「俺と陸奥守だけの主」
「うん」
「嬉しいけど、本当は皆に自慢したいんだよ」

 今のままでは到底、自慢の主にはなれないだろう。みんなの前にいる私と、清光と陸奥守の前にいる私はずいぶん違うのだ。彼らはきっと、私と仲の良い二人を不思議に思っているに違いない。短刀たちも、一期一振も、……鶴丸も。
 頭にポンポンと浮かんだ顔に、心臓のあたりがきゅうと痛んだ。清光と陸奥守が出陣や遠征に出ている時、私は息を潜めてじっとこの離れで待つ。その空気が心の中に大きな波のように押し寄せて、一瞬息が止まった。

「挨拶して、ダメだったら戻ってきなって」
「……待っててくれるの」
「一緒にいてあげるよ」
「……うん」

 鼻の奥がツンとする。清光の両手がこちらに伸びてきて、私の顔を包む。顔を上げた先では、清光が僅かに悲しそうな色を浮かべていた。

「だから主、なかないで。俺はいつもそばにいるからね」

 文机を挟んだ向こうから身を乗り出した清光の、綺麗な唇が額に当たる。視界にちらつくきれいな黒髪に思わず伸ばした指先が、脳裏で爆ぜる音がする。




やさしい檻


鶴丸夢になるはずだったものを供養



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