「浴衣似合いそうですねぇ」


校舎の端っこ。だーれも怖がって近寄んない部屋。先生が使うべき部屋なのに、その先生が近寄らないんだから、その恐怖は絶対的なものなんだろう。

その部屋、応接室の中では程よい温度設定の冷房が静かに低い音を立てている。更にその中心。真っ黒な革張りのソファに深く腰かけて温かいコーヒーを飲む学ランの少年は、あたしを訝しげに見つめていた。


「…君はなんの話をしてるんだい」

「商店街の夏祭りにおける風紀委員の見回りの話でーす」

「ワオ、…それが本当なら感心だね」


彼は涼しげな目元を更に細めてあたしを見つめる。細める、と言ってももちろんにこやかな表情ではなく、見た人10人中9人は「怒ってる」と判断しそうな眼差し。残りの一人は恐怖で逃げ出す。しかしこの視線はどちらかと言えば、こう…見下すと言うか、虫けらを見るような眼差しと言うか…。


「…今、失礼なこと考えてない?」

「んーん。雲雀さんを冷静に分析してただけよ」


今度は眉間に皺を寄せてしまった。彼は自分が理解できないものがお好きでない。自分のリズムを乱すものが嫌いなのだ。この場合は、あたし。


「…君だけは、どれだけ話していても理解できない」

「褒め言葉だね!」


彼はそれからまた歪んだ表情をさっと引っ込めて、真っ白なカップの中の真っ黒な液体を飲む。喉が動くのを見ながら、あたしはぼんやりと来週行われる夏祭りのことを思う。

リンゴ飴。カチワリ。焼きそば。綿菓子。金魚すくい。チキンステーキ。チョコバナナ。

普段普通に食べてるものなのに、なんでお祭りで食べるとおいしく感じるんだろう。


「…見回りのローテーションを考えるから、出ていって」

「作っておいたよ」


雲雀さんを見ないで言う。指先は雲雀さんの作業用デスクを指差す。あたしの心はいま夏祭りにトリップしています。呼び戻さないでね。

そんな心の声が通じたのか、雲雀さんは一呼吸おいたあとおもむろに立ち上がり、デスクに手を伸ばした。ペラリ。クーラーから繰り出される気持ちいい冷気に紙がめくれる。あたしの視界の隅で、雲雀さんがあたしの作ったローテーションの表を流し読みして、すぐにあたしの目の前においた。


「……作り直す?」

「…30部、コピーしてきて」

「チェック早くない?」

「…なんだかんだで、君の判断は信用してるんだ」


……ワオ!
雲雀さんはそんな、普段なら絶対吐かないような台詞をシラフでさらりと放ってからも、普通な顔してコーヒーを飲み干した。


「何ボーッとしてるの」

「え、あ、ごめん。コピーね」

「先にコーヒーのおかわり」


あまりにもさらりと言うものだから、今度こそあたしの動きは止まってしまった。





夏祭り




「ほんとに、このローテーションでいいの?」

「一時間くらい、僕と君が抜けたってかまわないんじゃない?」

「た、のしみましょうね、お祭り」

「浴衣着てきなよ」

「…雲雀さんも、ね」




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