ほとんど人が近寄らないその会議室から出て、閉めた扉に背中を預ける。扉から、自動的に施錠される機械音が響く。なまえは遊真が去ったと思われる方角の廊下の先を見つめてから、眩しそうに目を細めて、俯いた。

全てを打ち明けてしまった、その罪がまた彼女に重くのしかかった。もういくつ罪を重ねただろう、彼女は自分のつま先をぼんやりと見つめる。
泣いたせいなのか頭が鈍く痛む。当たり前のように隊服のポケットから鎮痛剤を取り出して、口の中に投げ込む。その様はあまりにも自然だ。もう何回何十回と繰り返してきた動作。

彼女は薬を奥歯で噛み潰してから、唾液で飲み込んだ。口内に苦さが広がる。鎮痛剤は水かお湯での服用を推奨しているが、彼女にはもう、そんな余裕も残っていない。

「……もう、終わりにするしかない」

ぽつりと呟いた声は、思ったよりも響かなかった。彼女はさっきの、遊真の腕の中の温かさを思い出す。そして張り詰めた雰囲気の一室を思い出す。城戸司令、鬼怒田、根付、林藤、忍田、迅、その人たちの視線を一身に浴びて、報告という名目の尋問を受けた時のことを。


その時の記憶はあまりにも鮮明だ。毎日毎日、思い出さない日はない。

『起こったこと全て、ここで話したこと全て、他言無用だ』

尋問の締めくくりは念を押す響きだった。かさかさに乾いた唇と口のなかの感触まで、彼女は思い出すことが出来る。かわいて張り付いた喉からは、なんの言葉も出てこなかった。言いたい事、言わなければいけないこと、しなくてはいけないことがあった。けれど彼女は、それを口にできないまま、逡巡の中で頷いた。視界の隅で迅があまりにもひどい顔をしていて、少し、ほんの少しだけ心が落ち着いた。それと同時に、自分の表情が気になった。

それが、彼女が表情を捨てた日の出来事。


彼女は背負った罪の象徴として身につける、真紅の宝石が暗く光るピアスを指先で撫でた。
踵を鳴らして廊下を進み始める。行先は本部開発室ではない。行かなくてはいけない場所がある。やらなくてはいけないことがある。それはずっと、彼女を蝕んできた願いだ。

*

「……なぜ」

人払いされた一室で、忍田が彼女を真っ直ぐに見つめて言う。彼女は努めて冷静に、けれどいつもの無表情で、部屋の扉の前に直立不動の態勢で更に言葉を続けた。

「私は、裁かれなくてはいけなかったんです」

忍田は反駁する言葉を持たなかった。あまりにも真っ直ぐな彼女が、目の前で正論を口にしていた。

「…もう、全てを終わりにしましょう。これはその為の提案です」

エンジニアらしい歯切れの良い結論。忍田が額に手を当てて何かを考え込む素振りを見せた。けれど彼女はもうわかっていた。忍田は自分を引き止めることは無い。組織にとっても好都合な提案だ。

「……上と話そう」
「お手数をお掛けします」

彼女は深く一礼して、身を翻した。背中から忍田の短い低い声が聞こえる。

「…………済まなかった」

あまりにも小さい声。彼女は振り向いて泣き出したい衝動に駆られたが、唇を噛んで、無言で部屋を出た。

*

遊真が暴いた彼女の罪と孤独。

それは確かに、彼女に勇気を与えた。

彼女には必要だった。

きっとほかの何物でもなく、遊真の言葉が、遊真が。

*

「一週間で身辺整理と業務の引き継ぎを進めてくれ」

彼女が遊真に全てを打ち明けた翌日、彼女は忍田に呼び出された。
忍田は彼女の目を見なかった。

こんなに真っ直ぐで、隊員たちに信頼される大人を変えてしまったのは自分だ。彼女は申し訳ない気持ちになって、「はい」とだけ返事をした。

慌ただしい一週間が始まる。

「その後はこちらの用意ができるまで、暫く休むといい」

彼女が望んだものは最後まで与えられることは無い。けれどボーダーは彼女にひとつ、与えてくれた。それが彼女にどれだけの力を勇気を与えたのか、それはきっと誰も知らない。もしかしたら迅は視えた結末から察しているかもしれない。彼女は胸に手を当てて、まるで心臓を握るように拳を作った。

「ありがとうございました」

一呼吸おいて、彼女はようやくそれだけを口にした。



死んでしまった神様へ
4-3.5





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