昼時の本部内の食堂で、遊真はそっと視線を巡らせる。意識的に彼女を探す。人がまばらな場所、他人が近くに席を取らない場所、そういう場所を探す。
そして彼女の横顔を見つけて、遊真は安堵の息を吐いた。

*

真実が遊真に打ち明けられた日、彼女は薄く涙の跡が残る顔を上げて、自分を守るように包み込む遊真の腕の中で細く長い息を吐いた。そして静かに背後の遊真に後頭部を預けて、目を閉じた。

「……空閑の知る戦場は、もっと過酷だ」

自らに言い聞かせる響きだった。最早彼女は、そうやって何かと比べることでしか、自分の体と意思を支えられない。自分の置かれた状況より酷く、過酷な情景を思い浮かべて、それに耐えている人間がいるのだと自分を叱咤する。その事に、実際はなんの意味もない。恐らく彼女も、そんなことは知っている。

遊真も、言外にそのことを察知して、腕を解いた。そして彼女の椅子をくるりと回して、向かい合わせの態勢で、床に膝をついた。

「なまえは、ゆるされるべきだ」

遊真は、真っ直ぐになまえの瞳を見つめて口にした。濁った眼差しが曖昧に細められた。彼女の体の両脇に下がる手のひらは力なく、空気を掴むこともない。

「誰が私を許してくれる」

自分を責める口調で、彼女は自嘲する笑みを浮かべた。ほんの少しだけ遊真の、血の色の瞳を見つめた彼女が、視線を足元へと落とし、次いでぼんやりと天井へ視線をやった。

「戦場を生きる人間がしてやれることはすくない。いっしょに祈ること、となりを歩くこと、全てのつみをゆるすこと」

まるで神父が懺悔に来た人間に諭すような、静かな響きで、ゆっくりと、遊真は彼女の手に触れた。その手があまりにも冷たくて、遊真はびっくりした。

「神様は許してくれない」
「おれの神様は、もう死んでる」

きっとあの戦争で、と遊真は脳裏で付け足した。この星へ来て、仲間と出会ったことは、神様の導きではないのだ。レプリカに背中を押されながら、自分で選んだ道。遊真はそんな風に考えている。

「……戦場でしてあげられること、」
「死んだ神様の代わりに、おれがゆるすよ。なまえのぜんぶを」

殺すこと、殺されること。戦場のすべて。殺されることから逃れる為には、それを裏打ちする強さが必要だ。しかし彼女はそれを持っていなかった。遊真もそれを持っていなかった。その結果が、現在に連なる現実だ。

「……私の神様はきっと、あの場所で私を待ってる」
「それは神様じゃない」

人をひとり、死に追いやってしまった彼女。
殺されて、死にゆく生身の体を抱える遊真。
二人が手を重ねる様は、あまりにも歪で、そして悲しくて、優しくて、残酷だった。

「空閑だけが、隠していた私を見つけた」
「そうだな」

彼女は一度、遊真の手を握って、そしてまぶたを伏せた。

「私の神様は、いつ死んでしまったんだろう」

独白めいた静かな声が室内に溶けていく。ゆっくりと開かれた瞳がまだほんのり潤んでいて、遊真はただ、「きれいだ」、とだけ思った。

*

彼女の中には、強さと弱さが同居している。他人に自らの心のうちを打ち明けた彼女は、それでもボーダー本部にいる。そのことが遊真の心臓をぎゅうと掴んで離さない。彼女の心を苛む過去、これからずっと彼女が背負っていくであろう十字架。そのどれもが、あまりにも辛い。

遊真は、身を乗り出せば彼女の頭のてっぺんが見える席に座って、誰にも気づかれないようにそっと息を吐いた。
遊真に全てを打ち明けてしまった彼女は、それでも心のうちを他人に悟られないように息を潜めながらボーダーにいるのだ。

遊真だけが彼女の過剰さに気づいた。目の前で肉親を失った三輪のことを、遊真は思い出す。彼はその時、守る力も戦う力も持っていなかった。恐らく迅も。三輪は近界民を恨み、戦い続けている。迅は全てを受け入れて、それでも自分を見失わずにいる。彼女とは立場が違う。両者の間をはっきりと隔てる事実が、遊真に過去の戦場を思い出させる。

ふと自分の視界が暗くなったことに気づいた遊真が、顔を上げた。そこには暗い面持ちの迅が立っていて、そして「ごめんな」とだけ、沈んだ声で言い、来た時と同じように気配なく、静かにその場をあとにした。



死んでしまった神様へ
5-2





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -