「ほんとうに、おれに話してよかったのか?」
「……あれから、私の人生は後悔の連続だ」

だから今更後悔が一つ増えたところで、と、遊真には確かに聞こえた気がした。きっとそういうことだろうと思う。
ほんの少し顔を上げた彼女の頬に一筋、涙が伝った。誰にも暴かれなかった真相は、ずっと彼女の心を蝕んできた。罪を暴かれようとする人の態度とは思えないほど真摯に、自分に起こった事を口にする彼女の、その最後に残った彼女の強さと実直さが遊真の心を打つ。

「あばかれたかった、さばかれたかった」

彼女はその通りだと言わんばかりにはっきりと頷いた。なまえが手の甲で乱暴に涙を拭う。その痛ましさに、遊真は言葉を失くした。

「全部、ぐうぜんが重なっておこったことだ」

なまえが向かった先に、警戒区域ギリギリの場所にも関わらず一般市民がいたこと。敵との距離があったため、一般市民に気付かずアステロイドを使ったこと。放ったアステロイドが市民に当たってしまったこと。モールモッドが、気絶した一般市民を狙ってブレードを振り下ろしたこと。
それらすべては、偶然だった。不幸な事故だった。そうとしか言えなかった。それが、起こってしまったことを故意に隠そうとしたせいで、どこからが偶然だったのか、誰にもわからなくなった。

「警戒区域ギリギリだったというのは、後になって聞いたこと。本当は警戒区域外だったかもしれない。だとすれば、私はもっと慎重でなければいけなかった」

疑心暗鬼にとらわれたなまえは、ずっと自分自身の記憶すらも信じられず、苦悩の日々を送ってきたはずだ。

「おれがなまえのことを知りたがっていたことは、知ってたはずだ」
「知ってた。寺島から聞いた。答える義務はないと言われた」
「でも、なまえはおれに話すことにした」
「一人で抱えていくには、重すぎた」

彼女は遊真が自分のことを嗅ぎまわっていると知ったとき、どんな感想を持ったのだろうか。遊真はそれを考える。真相を暴かれそうな予感に打ちひしがれて恐怖したのだろうか、とうとうこの時がきてしまったのかと諦めの気持ちで到来を待っていたのだろうか。その二つとも、違うような気がした。彼女は確かに「待ってた」と口にしたのだ。いつも通りの眼差しで、表情で、口調で、しかし今度は、一瞬でも真っすぐに遊真を見つめて。

「だれにも話せなかった」

確認するように口にした遊真に、彼女が右手で前髪をぐしゃりと乱して、そのまま視線を隠して頷いた。

「公表すべきだと思った。でも、そう言えなかった」

上層部との密約の場を想像して、遊真は拳を握った。

「こうひょうしても、誰にも良いことはない」
「そう言われた」

大人の理屈だ、と思う。おれたちの立場からでは、きっとどうすることもできなかった。なまえもそれをわかっていた。だから口を噤んでしまった。想像に難くない。

「そして、人に話すことで自分の罪が浮き彫りになることを、私は恐れてしまった」

とても端的に露呈された彼女の弱さが、遊真に大胆な行動をとらせた。
遊真はそっと立ち上がって、彼女の背後から、彼女を抱きしめた。思っていたよりもずっと薄い体だった。彼女の体が震える。押し殺した悲鳴のような泣き声に、遊真の心がほんの少しだけ満たされた。

「戦場は、いつでもこっちの都合なんかおかまいなしだ」
「その時になって、それをようやく知った」

彼女の魂は、今なお市民の首がコンクリートに転がった、あの場所をさまよっている。うつろな眼差しは、きっといつでも目の前で崩れ落ちる体の残像から逸らされていた。

「うえの人たちの罪は、なまえの罪じゃない 」

彼女が、それでも恐るべき実直さを発揮して、首を横に振る。遊真は彼女を抱きしめる腕に力を込めた。

「荷担した」
「なまえの罪じゃない」
「発端は私」

きっと、一途で、実直で、誠実で、そして少しだけ頑固なアタッカーだったのだろうと遊真は想像する。脳裏にはっきりと思い浮かべることが出来たのだ。

「なまえはだれのことも責められずにいる」
「責めるべき人がいない」

そうして全ての責任を自らに課したのだ。まだ十代の、A級でもない部隊の隊員が。

それは、実直さと誠実さに付け込まれたとしか思えなかった。少なくとも遊真は、理解はできてもその理不尽さに怒りを感じる。
「なまえ」
「…………やっと、」
「ああ」
「やっと、これで罪と向き合える」

これまでもずっと罪と向き合い続けてきたであろう彼女はそれだけ言うと、ゆっくりと顔を上げた。背後で抱きしめる遊真からは、その表情はわからない。彼女は遊真を振り払うことはなかった。



死んでしまった神様へ
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